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第36話 直接対決
無数の黒い狐火が、宇緑に向かい飛んでくる。
体を捻って避けながら、宇緑は螢緋に近付いた。
螢緋が体を動かすたびに、手首の破れた皮膚に狐火の紐が食い込む。
痛々しい腕を、宇緑は見詰めた。
「どうして、自分を縛っているの? 俺を殺さないように、自分を抑えている?」
宇緑が声を掛けると、螢緋の目がじわりと緋色を帯びる。
すぐに黒く戻る瞳に、心が軋む。
「忌々しい縛りだ。こんなものさえなければ、今すぐに殺してやるのに」
螢緋の後ろに狐火が幾つも浮かぶ。それらが高速で宇緑に向かい飛んでくる。
宇緑は霊気の圧だけで、総ての狐火を叩き落とした。
「殺してやりたい、宇緑。この手で息の根を止めたい」
ギリギリと螢緋が歯軋りした。
「その呪詛は、雲類鷲さんの思念が含まれているのかな。だとしたら、かなり不愉快だね」
螢緋の中に入り込んで螢緋を操る呪詛が憎い。
それを仕込んだ雲類鷲が同じくらい憎い。
「俺がこの手で殺してやりたかったな」
螢緋に殺されたのだと思うと、それすら腹立たしい。螢緋の手を汚させた事実が許せない。
螢緋がギリギリと黒い紐を引っ張った。切れる気配がない。
皮膚に食い込んだ狐火の紐が、螢緋の白い肌を焼いた。
「殺す、殺す、ころ……す」
螢緋が身を捩って俯いた。
「ころ……して、宇緑。俺を、殺して」
螢緋が顔を上げた。片目が緋色に戻っている。
「螢緋……いつもの螢緋に、戻った?」
宇緑は息を飲んだ。
「このままじゃ俺は、いずれ宇緑を殺す。だから今の内に、祟り神の俺を祓って、殺して」
緋色の瞳から、涙が流れた。
「それは無理だよ、螢緋」
宇緑は螢緋に向かい、手を伸ばした。涙を吹こうとした手は、黒い狐火に阻まれた。
螢緋の片目が黒さを増した。
「俺は、宇緑を殺すまで、止まらない。そんなのは、嫌なんだ」
目の前で螢緋が泣いている。手を伸ばせば届く場所にいるのに、涙すら拭えない。そのほうが、宇緑にとっては辛い。
「早く、その呪詛を取り除かないとね」
宇緑は螢緋に歩み寄った。
襲い来る狐火を避けながら進む。飛んできた狐火が、宇緑の頬を掠った。焼けた皮膚が裂けて、細い血が頬に流れた。
螢緋の顔が切なく歪んだ。
「ダメだ、宇緑。近付いたら宇緑が傷付く。離れた場所から、俺の核を壊して」
螢緋が叫んだ。
宇緑は、螢緋に向かい手を翳した。手に霊力を籠める。淡い光が掌大の玉になった。
「そう、それで……俺を終わらせて」
螢緋の顔が緩んだ。
宇緑は螢緋の胸に向かって霊力の玉を撃った。
高速に飛んだ玉が胸の中の呪詛を打ち抜いた。
「え……?」
螢緋が自分の胸を見詰めた。
「やっぱり、この程度じゃ、ビクともしないか」
宇緑の玉は通り過ぎただけだ。呪詛は螢緋の胸に根を張ったまま、拍動している。
「宇緑……」
「螢緋、素直な気持ちを教えてよ」
「気持ち?」
「お嫁さんに来てほしいって、俺は言ったよね。俺、最年少で典薬寮の寮頭になったよ」
螢緋の目が見る間に見開いた。
「なれたら考えてもいいって、螢緋は言った。返事が欲しいんだ」
螢緋の頬に涙が流れる。
「もう、無理だ。ごめん、宇緑。呪詛に侵されている今じゃ、もう……」
「呪詛がなくなれば、いい? 俺が取り覗いたら、お嫁さんになってくれる?」
「そんなこと、できるワケ……」
宇緑は螢緋に手を伸ばした。涙で濡れる頬に触れる。
「やっと届いた」
流れた涙を、宇緑の指が拭った。
「俺に触れるな、攻撃が」
螢緋が顔を引いた。宇緑の手が頬から離れる。
後ろから浮かび上がった黒い狐火が、宇緑に襲い掛かった。
それを全部、同じように霊力の玉を飛ばして相殺した。
「俺、強くなったよ。螢緋を守れるくらい」
雲類鷲に神狩りをされた時とは違う。あの頃より、守れる自分になった。
「うろく……」
螢緋の緋色の瞳に黒が混じり始めた。
「離れろ、宇緑。また、呪詛が……」
「嫌だよ。やっと届いたんだ」
宇緑は螢緋の腰に腕を回して抱き寄せた。
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