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第37話 離さない

 螢緋の体が黒い狐火に包まれる。抱き寄せる宇緑の皮膚が焼けた。  それでも宇緑は螢緋を離さなかった。  背中から、狐火が幾つも浮き上がる。矢の形になって、宇緑に襲い掛かった。  宇緑の腕や背中に、狐火が刺さった。 「くっ……」  痛みに耐えながら、震える腕で螢緋の頬を撫でた。  螢緋の目が真っ黒に染まっていた。 「このまま、殺してやる」  じわりと、呪詛の黒さが螢緋の目に滲む。  螢緋の手が、ゆるりと動いた。狐火の紐を引き千切る。破れた皮膚から血が流れた。  長い爪が宇緑の腹を目掛けて空気を切る。  ドスン、と鈍い音を立てて、螢緋の手が宇緑の腹に刺さった。 「あぁっ」  短い悲鳴を飲み込んで、宇緑は螢緋に抱き付いた。 「……そのまま、くっ付いていてよ、螢緋」  浅くなっていく呼吸のまま、宇緑は唇を螢緋の唇に押し当てた。 「うっ……んぅっ」  離れようとする螢緋の体を抱き寄せる。刺さった手が、更に深くに食い込んだ。  痛みで視界が揺れる。宇緑は、ゆっくりと自分の呪力を螢緋の中に流し込んだ。 (他人の呪詛になんか染めて、堪るか。俺の螢緋だ。解けろ、解けろ、解けろ)  胸の中の呪詛を解かすつもりで、螢緋の中に呪力を流す。  舌を差し込んで、螢緋の舌に絡めた。 「んくっ……ぁっ」  螢緋の口から艶っぽい声が漏れた。  唇が離れても、また吸い付く。唇で唇を覆い隠す。逃げる唇を噛んで重ねた。 (螢緋、好きだよ。十六年前に初めて会った時から、ずっと好きだ)  狐神の螢緋も、記憶をなくしていた時の螢緋も、祟り神の今ですら、総ての螢緋を愛している。 「くっ……」  足元に血の溜まりができていた。宇緑の腹から流れた血だ。  ポタリ、ポタリと血が滴る音が聞こえる。  痛みと流血で、腕が重い。それでも無理矢理に持ち上げた。  螢緋の胸に手を当てる。皮膚を通り越して、胸の中に入り込む。 「んっ! んんっ」  螢緋が身を捩って逃げようとする。構わず、胸の中を弄った。 (俺の呪力で呪詛を覆った。これなら、取り出せる。もう、雲類鷲の好きにはさせない)  胸の中に張る根を引き千切っていく。粘り気のある黒い呪力を剥がして、呪詛の玉を解放していく。  螢緋の胸の中に浮く呪詛の玉を握り締めた。  ミシッと鈍い音を立てて、呪詛の玉に亀裂が入った。 「……死ね」  手にありったけの呪力を籠めて、呪詛の玉を握り潰す。  パァンと、黒い塊が弾け飛んだ。  粉々になった呪詛が、宇緑の呪力に飲まれて消えていく。 「ぁ……」  小さな声が、螢緋の口端から漏れた。  体が傾いて、宇緑の腹から螢緋の腕がずるりと抜けた。 「熱が……戻ってきた」  何も感じなかった螢緋の体が熱を戻し始めた。  螢緋の体から、緋色の神力が漏れ流れる。黒かった狐火が、緋色を帯び始めた。  真っ黒に染まっていた目が、狐火と同じ緋色に戻っていく。 「良かった。俺が大好きな、緋色だ」  螢緋の頬に指を滑らせる。その視界が、ぼやけて傾いた。 「あ……あぁ……宇緑、宇緑!」  螢緋を拘束していた狐火の糸が切れた。  螢緋の手が、宇緑の体を抱き寄せた。 「今、治すから。お願いだから、死なないで」  螢緋の手に緋色の神力が滲んだ。  腹が温かくなって、流れていた血が止まった。 「宇緑、返事して、宇緑」  螢緋が泣いている。  涙を拭いたいのに、腕が上がらない。 (大丈夫だよ、螢緋)  名前を呼びたいのに、声が出ない。  目の前で泣きじゃくる螢緋の声が聞こえない。 (もう一度、聞かなきゃ。お嫁さんに来てくれるって、ちゃんと聞かないと)  視界が徐々に狭くなって、端から白く染まり始めた。意識が遠のいていく。  霞む視界の中に映る螢緋の目は、緋色だ。それが嬉しくて、安心した。 (良かった、螢緋……)  宇緑の視界は、真っ暗になった。

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