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第38話 帰ろう

 血まみれの宇緑が、螢緋の胸に倒れ込んだ。 「そんな……宇緑」  螢緋の中の呪詛は消えたのに。宇緑が壊してくれたのに。  その宇緑が、硬く目を閉じている。 「なんで、どうして」  螢緋は必死に神力を捻り出した。腹から背中までを貫通した傷を癒していく。 「嫌だよ、宇緑。目を開けてよ」  傷口に神力をあてながら、宇緑の体を抱き寄せた。 「まだ、返事していないよ。お嫁さんにしてくれるって言ったのに」  ぽたぽたと零れた涙が、宇緑の頬に落ちて流れた。 「治って、目を開けてよ」  螢緋は宇緑の唇に、自分の唇を重ねた。繋がった口から神力を直に流し込んだ。  宇緑の体が緋色に灯る。 (もっともっと、流し込まないと)  宇緑がしたのと同じように、舌を絡めた。  ピクリ、と宇緑の指が動いた。冷たかった体が、徐々に熱を戻し始めた。 「宇緑、俺……」  唇を重ねたまま、言葉を流し込む。早く想いを伝えたかった。  バタン、と大きな音がして、部屋の扉が開いた。 「宇緑さん、螢緋、無事ですか!」  終夜が叫んだ。その向こうに、典薬寮の皆がいた。 「皆……来てくれていたんだ」 「螢緋、その姿は……」  桂伽が螢緋を指さした。 「狐神の姿、螢緋の本来の姿ですね」 「じゃぁ、呪詛は解けたんだな」  終夜と遊馬が口早に言いながら、螢緋の腕の中を見詰める。 「宇緑さんは、大丈夫なの?」  粧が顔を引き攣らせた。 「お腹、貫いちゃったから、治した。でも、起きなくて」  螢緋は、ごしっと目の涙を拭った。  終夜が血相を変えて螢緋に駆け寄った。 「診せてください」  終夜が宇緑の全身を隈なく確認した。 「怪我は見当たりません」 「でも、起きない」  螢緋は宇緑を覗き込んだ。 「多分ですけど、寝ているだけです」 「寝てる……?」  終夜が足元に目をやった。大きな血だまりができている。  螢緋の血の気が下がった。 「また酷く出血したようですし、体力は消耗したでしょうから。宇緑さんは寝ないと回復しない人なので」 「そう、なんだ」  螢緋は宇緑を、ぎゅっと抱きしめた。 「ごめん、宇緑。早く回復して」  終夜が安堵の息を漏らした。 「もう、大丈夫そうですね」 「姿は違うが、いつもの螢緋だな」  同じように遊馬も息を吐いた。 「螢緋も寝ないと。きっと疲れてる」  桂伽が、螢緋の手を握った。  いつもなら同じくらいの手なのに、桂伽の手がやけに小さく見えた。 「お腹もすいたよね」  粧が笑っている。 「粧、無事だった、良かった……ごめん、俺」 「螢緋が直してくれたから、僕は生きているんだよ。螢緋は、祟り神なんかじゃなかった。ちゃんと螢緋だったよ」  粧が螢緋に向かって微笑んだ。 (あんなに怪我をしたのに、生きていてくれた。粧も、宇緑も)  螢緋の目にジワリと涙が滲む。 「全員、ゆっくり休まないとな」  遊馬が、螢緋の頭を撫でる。宇緑の体を持ち上げて、背負った。 「さぁ、皆で帰りましょう」  終夜が螢緋に向かい、手を差し伸べた。その手をじっと見詰める。 「俺も、皆と一緒に帰っていいの?」  今の螢緋は少し前の螢緋とは違う。  神力が戻っても、一度は呪詛に穢れ、祟り神に堕ちかけた。神使にも戻れない。 (俺に、帰る場所なんて、あるの?)  桂伽が、握った手に力を籠めた。 「何、言ってるの?」  終夜が、螢緋の手を握った。 「典薬寮以外に、螢緋の家がありますか?」 「ほら、帰るよ」  粧が螢緋の背中を押した。 「わっ!」  螢緋の体が前のめりになった。  皆の声が帰って来いという。その心が嬉しくて、涙が止まらない。 「……うん、帰る。一緒に帰りたい」  螢緋は終夜と桂伽の手を強く握り返した。  終夜と桂伽に手を引かれて、粧に背中を押されて、螢緋はベッドを降りた。  皆で一緒に、暗い部屋を出た。 (本当に、帰れるんだ。典薬寮に帰っていいんだ)  温かいあの場所を変える場所と呼んでいい。それが何より嬉しい。  外は日が暮れて、すっかり夜に染まっていた。  満天の星空を、細い三日月が静かに照らしていた。

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