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第39話 お嫁さんにして

 温もりが触れる。柔らかくて、優しい。  大好きな匂いに包まれて、螢緋は目を開いた。  目の前に宇緑がいる。宇緑が目を細めて笑んだ。 「……おはよう、螢緋」  優しい指が頬を撫でる。指先が熱を持っている。ジワリと、熱が胸に沁みた。 「うろく……宇緑!」  宇緑の胸に、螢緋は抱き付いた。 「うっ……」  宇緑が小さく漏らした息を飲んだ。 「え……?」 「まだ、ちょっと……お腹が痛いから、ゆっくりね」  螢緋は抱き付いた宇緑の胸から離れた。 「ごめん……ごめん、宇緑」  その傷が自分のせいだと思うと、胸が痛い。  ふわり、と宇緑の腕が螢緋を包んだ。 「そっと触れれば大丈夫」  さっきまで感じていたのと同じ温もりが、螢緋を包んだ。 (抱いたまま、寝てくれていたんだ)  螢緋のせいで大怪我を負っても、いつもと変わらずに抱きしめてくれる。  螢緋の胸が、きゅっと甘く締まった。 「これでもう、螢緋を縛るものは、何もないね」  宇緑が腕の中の螢緋を見下ろした。 「俺のこと、ちゃんと思い出せた?」 「……うん、全部、ちゃんと思い出したよ」  子供の頃から通い詰めて、息を吸うように口説いてきた。風変わりな人間だとしか思っていなかった少年は、いつの間にか大人になっていた。 (目が離せない相手に、なっていた)  記憶がなかった時ですら、螢緋の目はいつも宇緑を追っていた。 「約束も、覚えている?」  宇緑の問い掛けに、螢緋は顔を上げた。宇緑の顔を見詰めて、手を伸ばした。 「よくできました、いい子」  よしよしと、宇緑の頭を撫でた。  きょとん、と目を丸くした宇緑が、笑い出した。 「すごく嬉しいけど、どうして撫でてくれたの?」 「本当に最年少で典薬寮の寮頭になったから。祟り神になりかけた俺を助けてくれたから。それくらい強くなったから……約束、守ってくれたから」  気恥ずかしくて、俯く。  宇緑の指が顎にかかって、顔を上向かされた。 「お嫁さんに、なってくれる?」  宇緑の瞳が真っ直ぐに螢緋を見詰める。  照れを帯びた瞳に、胸がじわりと熱を増した。 「穢れた狐神でも、いいのか?」  螢緋はもう、稲荷社の神使には戻れない。  穢れに塗れて、祟り神に落ちて、異端な存在になった。 「何だっていいんだ。螢緋が螢緋なら、人でも神でも狐でも、何でもいいよ」  宇緑が、笑った。あどけない少年みたいだ。 (そんな風に言われたら、もう断る理由なんか、ない)  宇緑はどんな螢緋も受け入れてくれた。これ以上ない愛情表現だ。  螢緋は俯いて、小さく頷いた。 「宇緑の、お嫁さんに、して」  恥ずかしくて声が震える。宇緑の顔が見られない。  宇緑の手が伸びて来て、螢緋の頬を撫でた。 「やっと、良い返事が聞けた」  宇緑の指先が誘うように頬を撫でる。くすぐったくて、思わず顔を上げた。  唇に、優しい熱が触れた。 「んっ……」  重なった唇を、舌が割り開く。舌が絡まって、宇緑の霊力が流れ込んできた。熱くて甘くて、くらくらする。 「ぁ……はぁ……」  唇が離れたら寂しくて、乞うように宇緑を見上げた。 「そんな顔されたら、ずっとキスしていたくなるよ」  宇緑の唇が額にキスを落とした。 「ずっとは、ダメ。身が持たない」  しっとり濡れた唇を感じるだけでも、胸の鼓動が早くなるのに。  これが続いたら、心臓が止まりそうだ。 「螢緋の身が持たないこと、もっとしたいな」  螢緋の首筋にキスを落としながら、宇緑が囁いた。 (そういえば、記憶がなかった時、そういうことをしそうになった)  拾われたばかりの頃、自分から服を脱ごうとしたのを思い出した。 「そういう、こと……そういう……」  あの時は何とも思わなかったのに。今は恥ずかしくて、口がハクハクする。  頭の上で、宇緑がクスリと笑んだ。 「もう少し慣れたら、いっぱいしようね」 「慣れ、たら……いっぱい?」  こんなにドキドキするのに、慣れるのだろうか。 (いっぱいしたら、心臓が止まるかも)  そう考えたら、余計にドキドキした。 「その前に、御挨拶に行かないと」 「挨拶って……花山稲荷大明神様?」  かつて、螢緋が神使をしていた稲荷社だ。 「そう。螢緋をもらいますよって、ご報告にね」  神狩りに遭って、突然姿を消したから、心配されているかもしれない。 (こんな身になったけど、離れるなら挨拶はしたい)  螢緋は宇緑の服を、きゅっと掴んだ。 「俺もちゃんと、挨拶をしたい……一緒に、行って」 「うん、二人で行こう」  宇緑が螢緋の肩を抱く。  その手つきが優しくて、ずっと触れていて欲しくなる。 (……宇緑の元に、帰って来られたんだ)  温もりが沁みて、実感する。  また眠気が襲ってきた。重くなる瞼を持ち上げる。  すぅ、と寝息が聞こえた。螢緋を抱いたまま、宇緑が眠ったようだ。  無防備な寝顔に安堵して、螢緋も瞼を閉じた。

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