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第42話 花山稲荷大明神
快晴の空の元、螢緋は宇緑と共に外に出た。
今日は狐神の姿をしている。祟り神になって以降、銀髪だった神が黒くなった。
「髪の色、戻らないのかな」
稲荷社の神使は白い狐と決まっている。だから人型になっても髪が毛並みと同じで白っぽかった。
黒くなった髪を摘まんで、螢緋は残念な気持ちで眺めた。
「黒髪も、綺麗だよ。同じ色で嬉しいけどな」
宇緑が螢緋の肩を抱いて、黒髪に口付けた。
「宇緑と同じは、俺も嬉しいけど。神様は何て思うかな」
神使の狐神が祟り神になっただけでも、怒りを買いそうなのに。黒い髪で参ったら気分を害さないだろうか。
「……大丈夫だよ」
宇緑が螢緋の手を握る。その手を握り返して、螢緋は歩いた。
花山稲荷大明神は典薬寮のすぐ隣にある。
「何年振りだろう」
真っ赤な鳥居を見上げて、螢緋は呟いた。
(記憶がなかった間、俺はこの場所に一度も来なかった。こんなに近くに住んでいたのに)
もしかしたら無意識に避けていたのかもしれない。
震える指先を隠すように握る。鳥居に向かい、深く一礼した。
螢緋はまた、鳥居を見詰めた。
(鳥居は結界。穢れた俺は、ここを潜れないかもしれない)
神域に弾かれるかもしれない。それが怖い。
息を飲む螢緋に、宇緑が手を伸ばした。
「行こう、螢緋」
神妙に頷くと、螢緋は宇緑の手を取った。宇緑に合わせて一歩を踏み出す。
バリン、と雷が落ちるような音がして、螢緋の体が弾かれた。
「螢緋!」
名前を呼んだ宇緑は鳥居の向こう側にいる。
螢緋の体は、鳥居の手前に転がっていた。
「やっぱり、ダメだった」
恐らく、弾かれるだろうと思っていた。
(呪詛で穢れただけじゃない。俺は二人の人間を殺している。罪も穢れも、重すぎる)
死は穢れだ。穢れて祟り神になり、自ら死という穢れに触れた。
「ごめん、宇緑。俺はもう、神域に入る資格がない」
ふわり、と柔らかな風が吹いた。
螢緋の目の前に、まばゆい光が降りた。
「宇迦之御魂神様……」
温かな光が額に触れた。
『私の可愛い螢緋。今のお前が神域に入っては、他の神使たちが穢れを被る。私はお前を神域へは導けない』
敬愛する神の声に、螢緋の胸は落胆した。
『けれど、諦めてはいけません。その身に沁み込んだ穢れを俗世で落としなさい。螢緋が螢緋らしく生きられるまで、尽くしなさい。私は、待っています』
女神の声に、螢緋は顔を上げた。
『人と神のあわいの者として、人の世で生きなさい。穢れを落として、必ずもう一度、私の元へ参りなさい。可愛い、螢緋』
光が、弾けて消えた。同時に声も、聞こえなくなった。
「はい……はい、宇迦之御魂神様。誠心誠意、尽くします」
ポロポロと涙が零れ落ちる。
「螢緋」
神域を出た宇緑が、螢緋の隣に屈んだ。
「宇迦之御魂神様は、見放されなかった。待っていてくださると。人の世で穢れを落とせと」
「うん、一緒に頑張ろう。あの鳥居の向こうに行ける日が、必ず来るよ」
螢緋は何度も頷いた。
ボロボロ泣きじゃくる螢緋の涙を、宇緑の指が拭う。
(一人じゃない。涙を拭ってくれる宇緑がいる。だからきっと、大丈夫だ)
宇緑が、螢緋の肩を抱いた。
螢緋の体が宇緑の胸に収まる。温かな胸に身を預けて、螢緋は神に祈った。
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