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第3話 夢物語
「佐藤先生って、恋人っている?」
オレの担当医をしてくれている佐藤先生。
黒髪のショートヘアをきっちり撫でつけたスタイルに、切れ長のダークグレーの目が印象的な先生。
どこからどうみても、αって感じのシャープで整った顔をしているから、絶対モテると思う。
「あ、先生はαだっけ。じゃあ、恋人ってより番相手がいたりするよね。ねぇ、その人ってどんな人?どこで出会ったの?きっかけは?どんなところが好き?……恋人と番ってやっぱり違うモノ?」
彼のことが知りたくて、オレはベッドの上で身を乗り出して矢継ぎ早に質問する。
白衣の袖をまくる彼の大きな手、黒髪が朝の光を受けてキラキラと光っている。
カッコいいなぁ~。オレにもこんなカッコいい番がいたらよかったのに……
オレの病気は、初期段階であれば番が成立すれば病状を緩和することもできたらしい。
まぁ、恋人なんて人生で一度もできたことがないから、いまさら恋人ができてもムダなんだけど……
でも、先生を見ているだけで、心臓がちょっとだけ速くなるのを感じる。
フェロモン崩壊症のせい?ううん、きっと違う。きっと……
そんなことを考えていたら、先生のダークグレーの目と一瞬目が合ってしまった。
ちょっと困ったような顔をした気がする。
いつも冷静な先生らしくない反応だった。
先生がオレの質問でそんな顔をするなんて……なんか、ちょっと嬉しいかも。
「……恋人?番?」
低く落ち着いた声だけど、なんとなくちょっとだけ言葉が詰まったように感じる。
クールな先生がすぐに答えられないなんて珍しいなぁ~って思いながら、テーブルに肘をついて先生の答えを待った。
「そんなの、俺にはいない」
眉間に深い皺を作りながら、口をへの字に引き締めてカルテに視線を落とす先生。
意外過ぎる返答に、オレは驚いて目をまん丸く見開き、間抜け面を晒してしまう。
「えっ?マジ?なんで?先生カッコいいし、バリバリ仕事もできるのになんで?あ、別れたところとか?どうせ先生からフッたんだろ?」
一瞬だけ、胸の奥がふわりと軽くなった。
先生に番がいない。
その事実が、どうしてこんなに嬉しいんだろう……
自分でもわからなくて、慌ててその気持ちに蓋をした。
「何が原因?仕事のし過ぎ?それとも別に好きな人ができたとか?いいなぁ~。オレも……恋人とか、居ればよかったのに……」
無意識に弱音が零れてしまい、慌てて首を横に振って気持ちを掻き消す。
「あ、わかった!先生が好きなのって美咲さんだろ?美咲さん、βだけどすっごく可愛いしいい人だもんね」
オレがちょっとだけ期待してしまったことがバレないように、また矢継ぎ早に質問する。
自分から色々聞いたくせに、先生の顔を見ているとなぜか胸の奥がズキズキと痛んだ。
「佐藤先生と美咲さん、お似合いだと思うなぁ~。美男美女って感じで絵になりそう!」
オレ、ちゃんといつもと同じように笑えてるかな?
なんでもない。って……笑えてるかな……?
先生がペンをポケットに戻したとき、ふわりと森みたいな落ち着いた匂いがした。
思わず息を止める。
どうしてだろう。
その匂いに触れただけで、胸の奥が小さく波立った。
「違う。彼女は結婚もしているし、俺には別に気になる人がい……無駄話ができるくらい元気と言うことだな。帰る」
クルッと踵を返した先生の耳は真っ赤だった。
でも、先生に恋人がいないことにちょっとだけ嬉しくなってしまう。
先生、焦ると『俺』って言うんだ……
普段の『私』って言ってる感じの先生と全然違う。
『私』って言うのは、やっぱり仕事柄かな?
『俺』って言ってくれるの、なんかもっと近くに感じられていいなぁ……。
うん。またひとつ、先生のことを知ることができた。
またひとりぼっちになった病室で、スケッチブックに先生の横顔をえんぴつで描いていく。
先生の黒髪って、夜の海みたい。
ダークグレーの瞳は、水面を泳ぐ魚の鱗。
新月の夜の海みたいに、落ち着いた黒。
好きだな……
先生を描いてると、不思議と心が落ち着いた。
先生のことを考えていると、もっと知りたくなる。
もっと違う表情が見たくなるし、もっと話したくなる。
……どうしてだろう。
美咲さんとも話すと元気になるし、他の看護師さんとも話をするのも楽しい。
でも、佐藤先生とだけは少し違う。
病室の扉が開く音が聞こえると、無意識に期待してしまう。
回診が終わって帰ってしまうと、少しだけ……寂しくなる。
「ねぇ、先生。先生の恋人になるには、どうしたらいい?」
スケッチブックに描かれた先生の髪をそっと指先でなぞりながら話しかける。
「オレみたいな時間がないやつでも、先生の隣にいられたら……。そんなの、夢物語なのに。なんで、こんなに胸が苦しいんだろう……」
先生のフェロモンの匂いを思い出すと、胸が微かにズキズキと痛む。
最近、指先がちょっとだけ震えてしまうときがある。
先生の横顔を描いてるとき、いつもより線がブレてしまう。
病気のせいかな?それとも、オレが先生のこと想う気持ちが強すぎるせい?
今はまだ時々だから、絵を描くのに支障はないけど……心の奥に黒い塊ができてしまった気がする。
海の絵、描きたいな……
こんな小さなスケッチブックじゃなくて、もっと大きなキャンバスで……
先生と一緒に海を見に行きたい。
明るい日差しの下で、隣に並んで同じ景色を見てみたい。
たったそれだけなのに……今のオレには、遠すぎる願いだった。
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