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第6話 プレゼント
美咲さんが買ってきてくれた色鉛筆をひとつひとつ手に取って、そっと窓から差し込む午後の光にかざしてみる。
深い海の青、柔らかな空の水色、夕焼けみたいなオレンジ、森の緑……
この深い青、先生の目にそっくりだ。
診察の時、先生がカルテを見ながらふと上げた視線、あのダークグレーの中に隠れた海の底みたいな色。
このオレンジは、先生の耳が赤くなった時の、あのちょっと慌てた感じに似てる。
先生の匂い、木の香りみたいな温かい感じ。
あの匂いを色で表すなら、どの色かな?
緑?それとも、もっと柔らかいベージュ?
スケッチブックに先生の絵を描くたび、先生がほんの少しだけ近くにいる気がする。
点滴のチューブが腕に重くても、胸がチクチクしても、絵を描いてる間は全部忘れられる。
もっと、先生のこと知りたいな……
ねぇ、先生ってどんな人が好き?
クールで真面目な先生だから、頭のいい女医さんとか、キリッとした看護師さんとか、そういう人がタイプなのかな?
先生、カッコいいから絶対モテるよね。
病院で気になる人とかいるのかな?
女医さんとか、美咲さんみたいな明るい看護師さんとか……
オレじゃ……ダメ、だよね。
こんな病気のオレなんかじゃ、先生は見向きもしてくれないよね。
もし、フェロモン崩壊症がなかったら、ちょっとは期待できたのかな?
でも、考えてみたらこの病気になったからこそ、先生に出会えたんだよね。
全部が全部、悪いことばっかりじゃないよね。
うん、そうだよ、悪くないよ。
……でも、もっと時間が欲しいなぁ~。
先生の好きなもの、嫌いなもの、どうすれば笑ってくれるのか、もっともっと知りたい。
先生の絵を描いてる間は、なんだか元気になれる気がするから。
病気で身体が弱っても、時間がないってわかっていても、絵を描いてる間は全部忘れられる気がするから。
◇ ◇ ◇
午後の診察。
先生がいつもの革靴の音を響かせて病室に入ってくると、なんだか空気がピリッと引き締まる。
先生に会えるのは嬉しいけど、いつもちょっとだけ緊張しちゃう。
でも、今日はいつもとちょっと違った。
先生の手には、小さな紙袋が握られていた。
「これを……」
先生がぎこちなく紙袋をオレに差し出してくる。
カルテを持つ手とは別の手で差し出された手が微かに震えており、なんだか緊張してるみたいだった。
「ん?オレがもらってもいいんですか?」
紙袋をそっと受け取って中を覗くと、手のひらに収まるくらいの小さなサボテンの植木鉢が入っていた。
丸っこくて、トゲがなくて、なんだかフワフワした見た目。
まるで小さなウサギがちょこんと座ってるみたいな黄緑色の小さなサボテン。
「いつもコップばかり描いているようだったから、他の物でもどうかと思って……。必要なければ捨ててくれていい」
先生の声はぶっきら棒だけど、よく見ると耳が真っ赤になっていた。
いつもクールな先生が、こんな風に耳を赤くしてるのを見るのは初めてじゃないけど、毎回ドキッとする。
絶対、オレのために選んでくれたんだよね。
雑貨屋さんで買おうか悩みながら、このちっちゃなサボテンを見つけてくれたのかな?
想像したら、なんか胸がキュッとなる。
「いいの?やったぁ~!ありがと、先生!トゲのないサボテンなんて初めて見た!なんか、ウサギっぽくてめっちゃかわいい!」
サボテンをベッドのテーブルに置いて、両手で頭の上にウサギの耳を作るみたいに手をピョコピョコと動かす。
「ねぇ、似てる?」って、首を傾げてニコッと笑ってみる。
点滴のチューブがちょっと邪魔だけど気にしない!
先生はオレの方をチラッと見てプッと噴き出したかと思うと、すぐに顔を背けて咳払いをして誤魔化していた。
え、今笑ったよね?絶対笑ったよね!?
「ちょっ!可愛いでしょ?もぉ~、失礼だなぁ~!」
唇を尖らせて文句を言うけど、内心めっちゃ嬉しかった。
だって、先生がこんな風に笑うの初めて見た。
いつもガラス細工みたいなクールな顔なのに、こんな、なんていうか、普通の男の人っぽい笑い方するんだ。
なんか、先生が急に近く感じる。
いつもオレが絵を描いてること、ちゃんと見ててくれたんだ。
コップばっかり描いてるって気づいてたなんて知らなかった。
でも、先生の絵をぎっしり描いてるのは、さすがにバレてないよね?
先生用のスケッチブック、シーツの下に隠しててよかった……。
「ねぇねぇ、先生。このサボテン、名前付けていい?ウサギみたいだから、【ぴょん吉】とか、【ラビヲ】とかどう?」
オレが真剣に考えた名前を提案すると、先生の肩がピクピク震え始める。
え、待って、めっちゃ堪えてる!?
「ねぇ、あ……サボテンウサギだから、【ウサボ】とか!」
「……ッ」
その瞬間、先生の肩が大きく震えた。
顔を逸らしたまま、口元を押さえている。
え……待って。
もしかして……
「先生?」
「……」
オレが呼んでも、先生は肩を震わせて明らかに笑うのを堪えている。
いやこれ、絶対笑ってるだろ!
先生の目、笑いすぎて涙浮かんでるし!
いつも冷静な先生がこんな子どもみたいに笑うなんて、反則すぎるよ!
「ちょっ、そんな笑わなくてもいいじゃん!人が本気で名前考えてんのに……!」
頬を膨らませて文句を言うけど、先生はまだ肩を震わせながら、なんとか顔を上げてオレを見る。
目には涙、口元には抑えきれない笑みが浮かんでる。
「す、好きに付ければいいが……【ウサボ】は、止めた方が……いいな……」
そういう声がすでに震えていた。
先生、絶対ツボ入ってるでしょ……
ジト目で先生を睨み付けてみたけど、内心めっちゃしあわせだった。
先生のこんな顔、初めて見た。
笑いのツボ、めっちゃ浅いんだね、先生。
なんか、親しみやすくなった気がする。
「えぇ~、【ウサボ】気に入ってたのに……。じゃあ、しかたない。お前は今日から【ラビヲ】な!」
サボテンを両手でそっと持ち上げて、命名の儀式みたいに掲げる。
テーブルに置かれたサボテンが窓の光に当たって、フワフワの表面がキラキラ光る。
先生はまたクッと笑いを漏らし、カルテで顔を隠して堪えていた。
もう、失礼すぎるよ先生!
でも、いいや。
先生がこんな風に笑ってくれるなら。
ちょっとくらい失礼でも許しちゃう。
だって、先生がオレのために選んでくれたサボテンだもん。
ラビヲは、先生からの初めてのプレゼント。
今日は、先生の絵の横にこのサボテンも描こうかな。
海の絵の端っこに、ちっちゃなラビヲを置いて、先生と一緒に海を見てるイメージ。
そしたら、先生が帰った後も、先生と一緒にいられる気がする。
「ねぇ先生、ありがとう。ラビヲ、大事にするね。いつか海の絵を描いた時にラビヲも一緒に描くから!」
先生はカルテを下ろして、ちょっと驚いた顔でオレを見て「……海、か。好きにしろ」と、ぶっきら棒に言っていたけど、オレは見ちゃったんだよね。
先生の耳、また真っ赤になってる。
ふふっ、先生照れてるんだ。
ひとりぼっちになった病室で、点滴のポタポタという音と窓から吹く風がカーテンを揺らす音が響く。
ラビヲをテーブルに置いて、そっとスケッチブックを開く。
今日はサボテンと先生の笑顔を絶対描きたい。
あんな顔、次はいつ見られるかわからないから。
大丈夫。まだ、時間はあるから……
描きたいものがある限り、今日も頑張れる。
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