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第13話 優しい太陽

 病室の窓から差し込む午後の光が、カーテンの隙間を縫って床に細い筋を描く。  点滴の滴る音が、静かな部屋にリズムを刻むのをオレは聞くことしかできなかった。  体調を崩したあの日から、悠真さんはまた先生に戻っちゃった。  恋人らしいこと、もっとしたかったけど、一線を置かれてしまった気がする。 「もっと上手に、隠せたらよかった、のに……」  スケッチブックを胸に抱いたまま、ぼんやりと天井を見つめていると、扉を叩く音が響いた。。 「葵くん、起きてる?お姉さん、入っちゃうよ~!」  美咲さんの明るい声がドアの向こうから聞こえる。  あ、美咲さんだ……。そういえば、美咲さんに会うのも久しぶりかも……  まだ身体が重くて、起き上がるのも億劫だけど、彼女の声を聞くと少しだけ力が湧いてきた。 「うん、だいじょぶ……どうぞ」  掠れた声で答えると、美咲さんが行儀悪く足でドアを開きながら、トレイを持って現れた。  トレイの上には、前に先生が買ってきてくれたケーキ屋さんのクッキーといい香りのするお茶が載っていた。 「こわ~い鬼師長に許可を得て、お姉さんがおいしいお茶セットを持って来てあげたよ!」  美咲さんの明るい声が病室内に響く。  ダークブラウンのボブが揺れ、ブラウンの瞳がいつもみたいにキラキラしていて、笑顔が眩しい。  でも、ベッドに横たわるオレの姿を一瞥した瞬間、彼女の眉がピクッと動いた。 「ん~?葵くん、なんか顔色悪いんじゃない?ほら、ちゃんと座って!お茶入れるから!」  美咲さんはそう言うと、テキパキとベッドの角度を調整し、クッションを背中に当ててくれる。  その手際の良さに、いつもみたいにクスッと笑みが零れそうになるけど、今日はなんだか身体が言うことをきいてくれない。 「美咲さん、ありがと……でも、ほんと大丈夫だから」  無理して笑顔を作ってみるけど、美咲さんの目はごまかせなかった。  彼女はトレイを備え付けのテーブルに置き、腕を組んでオレをジトッと見つめてくる。 「はいはい、『大丈夫』ね。葵くん、そのカスカスの声と真っ青な顔でよく言うよ!デート、楽しかったのはいいけどさ、絶対無理したでしょ?」  その言葉に、胸がズキッと痛む。  美咲さんの声はいつもの軽快な調子なのに、どこか本気で心配してくれてる様子が滲んでいて、言い訳が喉に詰まる。 「そんなこと……ないよ。すっごく楽しかっただけ。ほんと、遠足みたいでさ……」  そう言った瞬間、左腕の針がチクッと痛んだ。  楽しかった時間を思い出そうとしても、点滴の重みが、嫌でも現実を痛感させられる。  オレが上手に笑顔を作れずにいたせいか、美咲さんは小さくため息をついた後、ベッドの端に腰を下ろしてジッとオレの目を見つめてきた。 「葵くん、ほんとバカなんだから。佐藤先生とのデート、葵くんがめちゃくちゃ楽しみにしてたのは知ってるよ?でもさ、無理して倒れたら、意味ないじゃん!私、葵くんに笑ってて欲しくて、お手伝いしたんだから……」  美咲さんの声が少し震えてる気がした。  彼女のブラウンの瞳が、いつもより少し潤んで見える。  オレのせいで、美咲さんにこんな顔をさせちゃってるんだ…… 「ごめん、美咲さん……。でも、ほんと大丈夫だから。ちょっと疲れただけだから……」  そう言いながらも、身体の奥ではチクチクとした疼きが続いていた。  熱っぽさも、怠さも、ここ数日ずっと抜けない。  でも、きっと大丈夫だ。  多分、もうすぐアレが来るのが原因だと思うから。  そう自分に言い聞かせるように、ベッド脇の卓上カレンダーへ視線を向ける。  小さな丸印が付けられた日付は、もうすぐそこまで迫っていた。 『大体この辺だろう』  前に悠真さんじゃない白衣の人がそう言っていたのを思い出す。  だから、これはオレの病気が悪化したわけじゃない。  きっと、発情期が近いだけ。  それに……オレの発情期は普通とはちょっと違うから……  入院してからずっと、抑制剤を投与してもらっているから、オレにはちゃんとした発情期がくるわけじゃない。  普通のΩがなる発情(ヒート)と違って、オレの発情期は熱と倦怠感が長く続くだけだ。  ……だけど、そのたびに、身体が少しずつ壊れてくのがわかる。  あとどれくらい生きられるんだろう……  あとどれだけ、オレは絵を描くことができるんだろう……  そんなことを考えるたび、ずっと胸の奥にしまい込んでいた黒い感情が、少しずつ大きくなっていく。  ふいに、美咲さんが温かい手でオレの冷え切った手を包み込んでくれた。 「もう、謝んなくていいよ。けどさ、葵くん、ちゃんと自分の身体を大事にしてよね。次、無理して倒れたら……お姉さん本気で怒るから!」  ウインクしながら言うけど、その笑顔の裏に、看護師としての真剣さが垣間見える。  こんなオレにも、いつもこうやって支えてくれる人がいるって、ほんとにありがたいと思う。  美咲さんの手、あったかいなぁ…… 「うん、わかった。約束するよ、美咲さん」  スケッチブックをそっとテーブルに置き、次はちゃんと彼女に向かって小さく微笑む。  美咲さんは満足そうに頷き、トレイからクッキーを摘んでオレの口に押し込む。 「よし!ほ~ら、甘いものだぞ~。葵くん、クッキー好きでしょ?これ食べて元気出して!」  さっきまでの暗い雰囲気は吹き飛び、いつもの太陽みたいな美咲さんの笑顔が戻ってきた。 「で?デートはどうだった?佐藤先生、カッコよかった?ちゃんとキスとかした?ねぇ、お姉さんに色々教えて教えて!」  急にいつもの調子に戻った美咲さんに、オレは顔がカッと熱くなる。 「ちょ、み、美咲さん!いきなり何!?キ、キスとか……えっと、その……」  美咲さんに言われて、あの日、先生とキスしたことを思い出してしまい、恥ずかしさからつい口ごもってしまう。  あの日、オレは悠真さんと初めてのキスをした。  柔らかい唇の感触、悠真さんの深緑みたいな匂い、オレを見つめる熱を帯びた瞳。  ファーストキスはレモン味って誰かが言ってたけど、オレのはクッキーの味だった。  悠真さんとのデートの思い出が一気に蘇ってきて、つい口元がニヤけてしまう。 「ふむふむ。キスはしたってことかなぁ~?」  ニヤニヤと笑う美咲さんの視線から逃げるように顔を背けるも、美咲さんはからかうように顔を覗いてくる。 「葵くん、顔真っ赤だよ~。ほうほう、これはもっとエッチなこともしてもらったな?ほら、お姉さんに白状しなさ~い」  病室内に美咲さんの明るい声がこだまする。  塞ぎこんでいたオレの心が、少しだけ救われた気がした。

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