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第20話 過去
「絵を描くのは、子どもの頃から好きだったんだよね。母さんの写真を見て、色鉛筆で似顔絵を描いたのが最初だったかな。勉強も苦手だったし、目立たないヤツだったけど、絵だけは褒めてもらえたんだ~」
唯一、父さんも褒めてくれたことが絵を描くことだった。
初めて描いた母さんの絵を見て、父さんは笑って頭を撫でてくれた。
『葵は絵の才能があるのかもな』
最初で最後の、父さんからの誉め言葉。
「高校を出てから、イラストレーターとして少しずつ仕事をもらえるようになって……SNSでバズった時は、信じられなかったなぁ~。すごいんだよ?通知が止まらなくて、スマホが壊れたんじゃないかって不安になったんだから」
あの時のことを思い出すだけでクスクスと自然と笑いが出てくる。
専門学校に行きたかったけど、これ以上父さんに迷惑をかけれないから、ひとり暮らしを始めて、毎日アルバイトに明け暮れた。
家でコソコソ絵を描いたり、路上で似顔を描いたりしたっけ……
オレがどれだけ絵を描いても、お金にならないのはわかっていたけど、唯一父さんに褒めてもらえた絵を辞めることができなかった。
「オレが描いた水に映る夕陽の絵。海辺の夕陽で、青とオレンジが混ざる空を、キラキラ光る波と一緒に描いたの。有名な歌手が『この絵、めっちゃ心に刺さった!』って拡散してくれて、フォロワーが一気に増えたんだよね。ホントびっくりしちゃった」
あの時の興奮は、今でも忘れられない。
『いいね』が見る見るうちに増えていって、たくさんのコメントが書き込まれていく。
当然、賛辞の言葉だけじゃなかったけど、それでもオレなんかの絵を見てくれる人がこんなにたくさんいるんだって思えてすっごく嬉しかった。
「オレみたいなやつにも、DMでファンレターが来たんだよ。『あなたの絵を見て、生きる元気が出ました』って書いてあって、嬉しくてついスクショまで撮っちゃった」
当時のことを思い出して、ちょっと自慢気に話してみる。
悠真さんも「確かに、葵の絵はすごく上手いからな」って、優しく笑ってくれた。
本当に楽しかった。
あの時は、絵を描くのが本当に楽しかった。
たくさんの人に褒めてもらえて、『好きだ』って言ってもらえて、勇気をたくさんもらえた。
「でも……ある日、突然……オレの絵は『盗作だ』って言われたんだ」
胸の奥深くに隠していた黒い塊がズキズキと痛む。
笑っていたいのに、あの時のことを思い出すだけで、心が急激に冷たくなっていくのがわかる。
「有名なインフルエンサーが、オレの絵と全然似てない絵を並べて『これ、似てるよね?アオって人、盗作してるみたい』って投稿したのがきっかけで、全部が変わっちゃった」
深い、深いため息が、口から出てしまう。
「その人のフォロワーが何十万人もいて、コメント欄が一気に荒れた。『パクリ絵師!』『才能ないくせに!』って、いっぱい言われちゃったなぁ……」
当時、知らない人たちからの投げつけられる言葉の数々に、押し潰されそうだった。
画面越しに言葉の刃が刺さってきて、見えない傷がどんどん増えていくみたいだった。
「オレだって、必死で否定したよ?『これはオレが描いた絵です!』って、制作過程の動画を上げたり、友だちが『アオの絵は本物だよ』って擁護してくれた」
でも、オレのせいで、無関係な友だちにまで誹謗中傷の言葉が投げつけられるようになっちゃった。
オレを擁護したせいで、友だちは絵を描くのを辞めてしまった。
ひとり、またひとりとフォロワーが消えていく。
友だちだと思っていた人も、徐々に疎遠になっていって、知らない人ばかりになっちゃった。
「オレの絵を『盗作だ』って言ったインフルエンサーが、『盗作されたけど、アオさんを許してあげて』って上から目線で言ったら、もっと攻撃がひどくなった。『AIで描いた絵だろ!』『昔の絵は下手くそなのに、急に上手くなるわけない!』って、オレが中学生の時に描いたガタガタの絵を掘り出されて、笑いものにされた」
声が震えて、悠真さんに握ってもらっている手が微かに震えてしまう。
当時のことを思い出すだけで、喉の奥に苦い何かが溢れてくる。
落ち着こうと息を吸うけど、吸った息すら震えてしまった。
悠真さんが心配そうにオレをギュッと抱きしめてくれた。
大丈夫って言いたくて、声を出そうとしたけど出なくて……歪な笑みを浮かべるしかできなかった。
「それから、絵を描くのが怖くなった。何を上げても『パクリ』って言われる。色を選ぶのが大好きだったのに、どんな色を使っても『誰々の真似』って言われる。スケッチブックを開くたび、手が震えて線が引けなくなった。ファンレターをくれた子にも、『あの絵、ほんとにあなたが描いたの?』ってDMが来て、胸が締め付けられた。絵を描くことだけが、オレの全部だったのに……全部否定されちゃった」
瞬きをした瞬間、涙が頬を伝い落ちた。
悠真さんに心配をかけたくないから笑って話をしたいのに、一度溢れ出してしまった涙を止めることができなかった。
もうずっと前のことだから、平気だって言いたいのに……
部屋に閉じこもって、カーテンを閉めて、誰とも話さなくなった。
発情期が来ても、抑制剤を飲んでごまかした。
身体が熱くて、頭がぼやけて、動けなくなるのはいつものことだったから……
もう、全部がどうでもいいやって思ってたんだ。
だから、あの日、コンビニの帰り道に倒れて、目が覚めたら病院だった。
「フェロモン崩壊症って診断されたときは笑っちゃった。自業自得だよね。絵を描くことだけがオレの全部だったのに、それすら失くして……。Ωであることも、誰かに愛されることも、ずっと怖かった。だから、この病気がわかったとき『あぁ、そういう終わり方なんだ』って思った」
ため息と共に、ずっと隠していた病気の経緯を話す。
こんな話、誰も聞きたくないのに、悠真さんの胸に顔を埋めて、涙がポロポロ零れる。
オレは肺いっぱいに空気を吸い込み、全てを出し切って空を仰ぐ。
これ以上悠真さんを困らせたくないから、この話はここでおしまい。
こんな話をしたから、悠真さんはオレのことを嫌いになったと思う。
母さんのことも。
Ωであることも。
絵のことも。
ずっと、同じところで立ち止まっているオレのことも……
全部、悠真さんに話しちゃった。
一番知られたくなかったことまで、全部。
だから、もう充分だと思う。
もう、充分しあわせはもらったから……
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