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第22話 巣作り
「葵、これだけあれば巣は作れるか?」
翌朝、私服姿の悠真さんが、両手に紙袋を携えて病室に入って来た。
紙袋の中には、彼の服がぎっしりと詰まっていて、悠真さんの匂いがした。
「え……?巣?巣って、Ωが番の服で作る、アレ?え?番が作るものじゃないの?」
なんで?悠真さんが、こんな朝早くに?
あんなたくさんの服、持ってくるのも大変そうなのに……
寝起きのせいで頭が働かず、驚きと混乱で頭の中がごちゃ混ぜになる。
「い、いいの?オレが作っても……本当にいいの?」
掠れた声で不安げに聞いてみると、悠真さんは嬉しそうに笑いながら「当然だ。葵は、俺のために作ってくれないのか?」って聞いてくれた。
その笑顔があまりにも温かくて、胸がぎゅっと締め付けられる。
嬉しくて、でも恥ずかしくて、オレは無意識に口元がニヤけてしまう。
「葵?返事は?」
悠真さんが再度聞いてくれるから、オレは何度も首を縦に振って頷いた。
声を出したら、泣いてしまいそうだったから、頷くことしかできなかった。
今日から発情期が終わるまで、この病室はオレと悠真さんのふたりだけの空間になる。
美咲さんも、他の看護師さんも、この病室には入って来ない。
オレと悠真さんのふたりだけ……
昼過ぎから徐々に身体が火照ってきて、頭がぼーっとしてきた。
吐く息に熱がこもり、指先が震えてしまう。
鉛みたいに手足が重たくて、内臓を針で刺されているみたいに痛みがズキズキと身体を蝕んだ。
少し身体を動かすだけで引きちぎられそうな痛みに、つい顔が歪んでしまう。
それでも、不思議と手だけは止まらなかった。
悠真さんの服に触れている間だけは、痛みを忘れられる気がしたから……
それに……今は、今だけは……手を止めたくなかった。
オレのベッドの上には、今朝、悠真さんが持って来てくれたたくさんの服が散らばっている。
悠真さんの服からほんのりと香る深緑の森の匂いに心が満たされる。
ここに座っているだけで、悠真さんに包まれているような感覚に陥り、少しだけ、痛みが和らぐような気がした。
「これは、ここかな。こっちの方が、色綺麗だよね」
服の大半が白色のワイシャツなのは、悠真さんらしいね。
白衣の下にいつも着てるもんね。
水色のワイシャツ、赤いネクタイ、黒のニット、紺のジーンズ。
時々見つける白以外の服を見ると、自然と笑みがこぼれた。
「あ、これ……初めてデートした時の服……。これも、持ってきてくれたんだ」
彼の服を抱きしめ、胸いっぱいに匂いを吸い込む。
柔軟剤の匂いに混じって、悠真さんの深緑の森の匂いが痛みを和らげてくれる。
「あ、これ……すっごく悠真さんの匂いがして、落ち着くかも……」
痛みに耐えきれなくなるたび、悠真さんの服を抱きしめて匂いを嗅いで痛みを和らげる。
何度か深呼吸を繰り返し、落ち着いたらまた巣を形成していく。
少しずつ、少しずつ、自らの意思で求める形を作り上げていく。
どれだけかかったのかわからない。
額には汗が滲み、熱く浅い呼吸を繰り返しながらも無我夢中で作った。
オレだけの、オレが悠真さんに込めた愛のカタチ。
ベッドの上を縁取るように服を並べ、ドーナツ状の巣を作っていく。
「あと、もう少し……これはここがいいなぁ……」
いつも悠真さんが着ている白衣を綺麗に畳んで枕元に置き、他に忘れ物がないか袋の中身を確認する。
「うん、大丈夫。はぁ…………できた」
できあがった巣を見て、達成感から大きく息を吐き出すと同時に肩の力が抜ける。
生まれて初めて作った、オレの【巣】
正解はわからない。
コレが正解なのか、どう作るのが正解なのかはわからない。
でも、オレが悠真さんの服で作るならこういう風に作りたかった。
寝返りを打っても、どこを向いても悠真さんの匂いに包まれているオレだけの【巣】
オレの理想のカタチの【巣】
「葵、できたのか?」
部屋の端で、ずっとオレの巣ができるのを待っていてくれた悠真さんが声を掛けてくれる。
オレが夢中になって作っていたから、ひと言も声をかけずに静かに待っていてくれた。
でも、部屋の端で椅子に座って本を読んでいるフリをしながら、ずっとそわそわしている様子は実は見えていたんだぁ。
本を開いているのに、数分おきに顔を上げては、オレの方を見ていた。
そのたびに目が合うと、何事もなかったみたいに視線を本へと戻す。
でも、さっきから同じページを開いたままだ。
本当に読んでいるのかも怪しいし、落ち着かない様子で何度も足を組み替えている。
きっと、悠真さん自身は隠しているつもりなんだろうけど、全然隠せていない。
子どもみたいに落ち着かない様子の悠真さんが少し意外で、内心ちょっとだけ笑っちゃった。
悠真さんの新しい顔、また見ちゃった。
あとで絵に描いておこうかな。
悠真さんの表情、ひとつだって取りこぼしたくないから……
「うん。お待たせしました。でも、初めて作ったから、これでいいのかわからないや……。どうかな?上手に、できてるの……かな?」
これでいいのかわからない。
悠真さんが気に入ってくれるのか不安でしかたない。
巣作りなんて、初めてやったから……
一生、作ることなんてないと思っていたから、他の人がどんなものを作っているのかも調べたこともなかった。
じっとオレの作った巣を眺める悠真さんに、自信がなくて声が窄んでしまう。
「やっぱり、変……だよね。ごめん、調べ直してから作り直そうかな。もっと上手に作れるようになってから……」
慌てて片付けようと服に手を伸ばそうとしたオレの手を、悠真さんは掴んで引き寄せ、そのまま抱きしめてくれた。
「葵、ありがとう。素敵な巣を作ってくれて……」
耳元で囁かれる甘い声。
上手にできたよ。って褒めてくれる、優しい声。
「葵、俺が一緒に入ってもいいか?」
オレの頬を優しく撫でながら、希うようにオレに聞いてくれる。
「……うん。悠真さん、一緒に入って。悠真さんが入ってくれたら、もっと完璧に完成するから」
嬉しすぎて涙が出た。
苦しくてしかたないのに、それ以上に幸せが胸を満たして、痛いのを忘れることができる。
悠真さんの膝の上で横抱きに抱えられ、上手に巣ができたと褒めてもらった。
それから何度もキスをしてくれて、「愛してる」と言ってくれた。
嬉しくて、幸せで、涙を止めることなんてできなかった。
巣を作るだけで、思った以上に時間を使ってしまった。
太陽はとっくに傾いていて、数時間後にはまた真っ暗になってしまうと思う。
白い病室内の壁を、夕陽がオレンジ色に染めている。
悠真さんの横顔も、夕陽の色に染まってて、真っ黒の髪がキラキラと光っている。
その光景があまりにも綺麗すぎて、忘れたくないと願ってしまった。
ずっと、悠真さんの横顔を見ていたいと思ってしまった。
悠真さん、好き。大好き。
まだ、死にたくないな……
ずっと、死んでもいいと思っていたはずなのに。
生きていても、迷惑をかけるだけだと思っていたはずなのに……
悠真さんに出会ってしまったせいで……
こんなにも優しくされてしまったせいで……
欲が、出ちゃった。
明日が来るのが楽しみなのに、同じくらい怖かった。
こんなにも生きていたいと思ってしまったのは……
きっと、産まれて初めてだったから——
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