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第25話 【番】*

「愛している」  愛の言葉と同時にうなじに口付けを落とされ、ガリっと犬歯が食い込むのを感じた。  細胞ひとつひとつに甘い電流が走ったような感覚に、悲鳴をあげそうになる。 「ふぁっ!ァッ……ぁっ……」  ゾクゾクと震える身体。  その瞬間、オレの心は悠真さんと完全に繋がったような幸福感に満たされ、時間が止まったようにも感じた。  悠真さんのモノに身体が作り変えられる感覚に、快楽と多幸感で満たされていく。  幸せで、嬉しくてしかたない。  本当に悠真さんの【番】になれた。  それだけで、よかった。  それだけで、十分だと、そう思った。 「ゆ、ぅま……ぁ、りが……んぐっ!うぅっ……」    それなのに、幸せは一瞬で崩れ落ちる。  さっきまで悠真さんだけの身体に作り変えられていたはずのオレの身体が、突如悲鳴を上げた。  内臓を焼かれ、グズグズと融かされるような熱。  全身の骨が砕けるような激痛。  細胞のひとつひとつが引き裂かれていくみたいで、息をすることさえ苦しい。 「あ゙がっ……ァ゙ッ、イ゙っ!ぁ……」  叫びたいのに、痛すぎて声にならない。  呼吸をしているはずなのに、空気が身体に入ってこなくて、胸がギュゥッと締め付けられる。  両手で胸を押さえていても、痛みが止まらない。 「葵っ!」  悠真さんの焦ったような悲痛な声を聞いて、安心させようと無理矢理笑みを浮かべるが、痛すぎて歪んだ表情にしかならない。 「あ゙ぐっぅ……ッ、だ……じょ、ぶ……。だ、じょ……ぶ、だ……か、ら……」  浅い呼吸を繰り返し、なんとか言葉にするも、消え入りそうな声しか出せなかった。  引き裂かれるような全身の痛みに、冷や汗が滲んでしまう。  痛い。痛い。イタイ……   身体がバラバラになるんじゃないかって思ってしまう痛みに、無意識に涙が零れ落ちた。  痛みを耐えようと、小さくうずくまって悠真さんの白衣を握り締める。  彼の匂いを嗅いでいれば、また痛みが和らぐと思った。  苦しくても、彼のフェロモンの香りを嗅げば、呼吸ができると思った。  だが、オレの思惑はすべて裏目に出てしまい、全身を襲う痛みは増すばかりだった。  噛んでもらった番の(しるし)が、悠真さんのフェロモンの匂いを拒絶するように激痛をもたらす。  呼吸をしているはずなのに、肺にまでちゃんと酸素が行っていないせいで苦しくてしかたない。  酸欠になっているのか、頭が割れそうなくらい痛い。  目の前が霞んでしまい、悠真さんの顔が見えない。   ヤダ……ヤダ……嫌だ……  このまま死にたくない。  ちゃんと、悠真に『愛してる』って言いたい。 『番にしてくれてありがとう』って、ちゃんとお礼を言いたい。  もっと『好き』って言いたい。  ずっとそばにいたい。  一緒に生きていたい……  オレの細やかな願いを心の中で叫び続けているのに、身体はそれに応えてくれない。  ただ痛みだけが増していき、うなじがグズグズと膿んでいくのを感じる。 「っ!葵!待ってろ、すぐ楽にしてやるから!」  慌ててオレのナカから悠真さんのモノが引き抜かれる。  せっかくいっぱいナカに出してもらえたのに、ドロリと白濁が溢れ出てしまう。 「ぁっ……ゃ、だ……ゆ、ま……ゃだ、よぉ……」  悠真さんが用意してくれていた酸素吸入器のマスクを付けられそうになり、小さく首を横に振って拒む。  コレを付けられたら、悠真さんのフェロモンを感じられない。  アレを付けちゃったら、キスもしてもらえない。  もう抱いてもらえない。  終わりになんてしたくない。 「葵……」  唇を噛み締めて何かを耐えているような悠真さんの顔を見て、ズキリと胸が痛んだ。  引き裂かれる身体の痛みではなく、悠真さんにあんな顔をさせてしまったことへの罪悪感から、胸が痛んだ。   「ッ……はっ……はっ……ごめ、なさ……」  震える手で、彼の手に自ら手を添え、マスクを付けることを促す。  機械によって送られてきた酸素のお陰か、呼吸が少しだけ楽になるも、もう彼の匂いを感じることができない。  もっと触れていたいのに、コレが邪魔でキスもできない。  ちゃんとお礼を言いたいのに、上手く言葉を発することができない。 「ゆ、ま……手、にぎって……」  マスク越しに掠れた声でお願いごとを口にする。  機械音とオレの小さな声では、多分悠真さんには声は届かなかったんだと思う。  それでも、悠真さんはギュッと手を握ってくれた。  泣くのを堪えているような、苦し気な表情を浮かべながら、オレの手をしっかりと握り締めてくれた。  悠真さんの力強い手に、彼の愛と後悔が混じった感情が伝わってくる。  まだ身体は内側から壊れそうなくらいの痛みが断続的に続いている。  でも、悠真さんが手を握ってくれて、抱きしめてくれているから、少しだけ痛みがマシになった気がする。 「葵!葵……すまない……本当に、ごめん」  ポロポロと彼の頬を伝って落ちる綺麗な雫。  オレの大好きなダークグレーの瞳が、涙で濡れて月みたいで綺麗だった。  泣かないで欲しいな……  オレはこんなに幸せなんだから……  Ωとして、番になんてなれないって思っていたのに、悠真さんはオレの願い事を叶えてくれた。  うなじに残る甘い痛みが、オレが悠真さんの【番】になれた証みたいだった。    泣かないで欲しいなぁ……  いつもクールでカッコいい彼が、顔をくしゃくしゃに歪めて泣いている。  こんな顔、初めて見た……  いつも自信に満ち溢れた悠真さんの目には、後悔の色が見て取れる。  後悔しないで……否定しないで……  オレは幸せなんだよ。  あぁ、泣いてる悠真の顔、描いてみたかったなぁ……  もっと、もっと違う表情も描いてみたかった。  愛してる。  泣かないで。  後悔しないで。  ありがとう。  伝えたい。  全部、伝えたい。 「へ、いき……だから……」  オレはなんとか笑おうとして、震える唇を動かす。 「ゆう、ま……あいして、る」  この声は、ちゃんと悠真に届いたのかな……  届いていたら、いいなぁ……

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