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第28話
「あの…どちら様、ですか?」
「碧…?」
碧の口から発せられた言葉に、一希は何を言っているんだ、といった感じで首を傾げる。
これは碧の嫌がらせではないか?
自分をからかっているだけだ、と思っても、一希を見る目が冗談で言っているとは思わせてくれなかった。
「碧って…僕のことですか?」
「自分のことも…わからないのか?」
碧が記憶を失ったのだ、と理解した一希は絶望感に襲われる。
目の前に居る少年は自分が誰かも、一希のこともわかっていない。
当然、二人の間に起きた様々な出来事だって忘れていた。
それが一希には悲しいのだ。
「君は加藤碧。高校三年の優しい男の子だよ。俺は碧の通ってる学校の教師で、中峰一希。碧はちょっと事故に遭ってしまったんだ。だから記憶を無くしてる。でも、すぐに記憶を取り戻して退院できるから」
なるべく碧が不安にならないよう、真剣に言葉を選んでいく。
碧には早く記憶を取り戻して、いつもの生活に戻ってほしい。
だから、それまでの間だけは二人の関係を告げずに側に居よう、と一希は決めた。
「俺は碧の家に行って着替えをもらってくるから、碧はもう少しゆっくりしてな。あとで先生が来るから」
「はい。あの…ありがとうございます…中峰先生」
「っ…困ったことがあったら、すぐ電話して」
碧の口から出た『中峰先生』という他人行儀な言葉。
今ここには『一希先生』と呼んでくれる碧は居ないのだ、と再確認させられた。
(いつも先生とか一希先生とか呼ばれてたから…名字で呼ばれるの、久しぶりだな)
それはまだ碧が一年の頃。
初めて会った時以来だった。
まるで今までのことが全てなかったような気になって、一希の胸はチクチクと痛みだす。
病院を出て、久しぶりに通る碧の家への道に懐かしさを感じていた。
碧の補習が始まってから、一希はほぼ毎日彼を家まで送っていたのだ。
無理矢理肉体関係に及んでしまったことに責任を感じていたから。
だけど、それを後悔したことなどなかった。
碧が一希を想っているように、一希も碧を想っていたからだ。
教師という立場上、口に出しては言えなかったが、こんな事態になってから、そのことをすごく後悔した。
もし、最初から気持ちを告げて碧を自分のものにしていれば、彼をここまで悩まさずに済んだかもしれない。
そう考えれば、碧の前で見合い話を認めたことも後悔してしまう。
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