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第3話
今日は寝坊した。
目が覚めた時には、いつも家を出る時間を過ぎていた。
慌てて制服に着替えて、髪を整えて、鞄を掴んで家を飛び出した。
朝のうちに買っておくはずだったパンも買えなかった。
昼休みになり、俺は購買へ走った。
人混みの中を抜けて、なんとか残っていたパンを手に取る。
周りを見回しても、先輩たちの姿はなかった。
それだけで少し安心する。
これなら誰にも見つからずに教室へ戻れる。
そう思って、購買を出た時だった。
「一緒に食べない?」
懐かしい声がした。
足が止まる。
聞き間違えるはずがない。
ゆっくり振り返ると、そこには先輩が立っていた。
いつもと変わらない顔。
いつもと変わらない声。
なのに、久しぶりに向けられたそれが少しだけ遠く感じた。
断ればいい。
今日は友達と食べるとか、教室で食べるとか。
適当な理由はいくらでも浮かんだ。
それなのに俺は、何も言えなかった。
ただ、小さく頷いてしまった。
先輩の後をついていく。
向かった先は、校舎裏にある小さな庭園だった。
昼休みでも人が少なくて、春になると花が咲く場所。
以前、先輩が見つけたんだと教えてくれた場所だった。
ベンチに並んで座る。
パンの袋を開ける音だけがやけに大きく聞こえた。
先輩は何も言わない。
俺も何も言えない。
前なら、どうでもいい話をしていたはずなのに。
授業がどうだったとか。
先生が面白かったとか。
帰りにどこか寄るかとか。
そんな話をして笑っていたはずなのに。
今は、パンを食べる音と、風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。
「最近、時間合わないね」
不意に先輩が言った。
俺はパンを持ったまま、少しだけ固まる。
「……寝坊したりするから、バタバタしちゃって」
「そうなんだ」
「朝も、コンビニ行ってから学校来てるので。たぶん、会わないかもです」
先輩は何も言わなかった。
横を見ることができない。
見たら、また期待してしまいそうだった。
少し間があってから、先輩が聞く。
「勉強は?」
「ひとりで頑張りたくて」
自分でも、ひどく曖昧な理由だと思った。
先輩ならきっと気付いている。
俺が嘘をついていることも。
避けていることも。
それでも先輩は追及しなかった。
「そっか」
ただ、それだけだった。
その一言が思ったより優しくて、胸の奥が痛くなる。
まただ。
また、先輩の優しさに期待しそうになる。
だから俺はパンの袋を握りしめたまま、俯いた。
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