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隠しごと
いつもならちっとも興味を示しやしない、鮮魚売り場の、なんだか塩蔵品だのパックものだのばかり並んでいるケースの前で、宗二は足を止めた。
「なに」
一緒になってケースを覗き込む。塩蔵わかめ、もずく酢、カラフトシシャモ、しらす干し。
「しらす? たまに食う?」
「いや」
宗二の手が、しらす干しの隣のパックを拾い上げた。
「え、ちりめん山椒なんか食べんの」
「なんかって言うなよ」
「や、だってまず佃煮的なもの食べるのほとんど見たことない」
「そうなんだけど」
宗二は手の中の、ちりめん山椒お徳用のパックをじっと見つめる。いや、と呟いてケースに戻そうとする、と思ったらまた目の高さまで持ち上げる。カートを押したおばあさんがすぐそばまで寄ってきて、宗二の脇からケースに手を伸ばした。宗二は体をかわしもしない。おばあさんが明太子を取って手を引っ込める。刺身コーナーまでゆっくり歩いていく。
「とりあえず買うなら買おうって。そんな真剣に迷うほどの値段じゃないし」
「いや」
「いらない?」
「いや」
宗二の手からパックを取り上げた。かごの中、卵の上に入れる。
「次絹ごしと油揚げ」
そう言って歩き出してみると、宗二は黙ってついてきた。なんだか知らないけれど買い物を済ませないといけない。
部屋に戻ると、宗二はいつものとおり、豚こま特大パックの小分けにとりかかった。こちらが野菜を野菜室に、卵や豆腐やハムを冷蔵室にとやっている間に、粛々と肉を菜箸でフリーザーバッグに移し入れて、塩と砂糖と酒を揉み込む。ちりめん山椒だけが、宗二の手でダイニングテーブルの上に放り出されている。移してやろうと小さめのタッパーを探す。
佃煮とか残す人なんだなと気づいたのはもう随分と前だ。煮昆布もあさりしぐれもきゃらぶきも、梅干しもたくあんも高菜漬けも、小皿の上のものは全部残す。いらないならくれませんかと最初はもちろん言えず、じゃあ今なら言えるかといえばそんなこともなく、自分の分すらこそこそと口にしまって、食べ物がごみにされるのを黙って見てきた。
ちょうどいいサイズのタッパーがあった。ダイニングテーブルの上で蓋を開ける。ちりめん山椒のパックも開けて、中身をタッパーに流し込む。
「母親がさ」
宗二が言ったので、キッチンカウンターの方を振り向いた。豚こまの小分けはもう終わったらしい。菜箸をシンクに持っていく。
「父親が漬物とか佃煮とか、しょっぱいもんで飯食おうとするのをすごい嫌がんのよ。品がないって言ってさ」
蛇口のレバーハンドルを軽く持ち上げて、流れ出した水で菜箸をすすぐ。こちらはパックの中身を移し終わって、タッパーの蓋を閉める。
「俺はどっちかって言うとそういうの好きだからさ、隠れて父親に食べさせてもらってたんだけど、バレてしっかりめに怒られて」
宗二がオレンジ色のスポンジに中性洗剤を垂らして、濡らして泡立てる。
「そういうもの食べないのがいかに上品で父親がいかに下品かってしつこく言われちゃうとさ、どうもそう考えないといけないような気に」
「え、でもラーメンとか食べてるけど」
「ラーメンとかは母親の目のないとこで覚えたから。それでほら、うちで作るもんは基本薄味なわけで」
泡立てたスポンジで菜箸を一本ずつ擦る。いつになくしつこく。
「飯頼んでついてくるの残すことにさえ慣れればそんな困んないから、基本すっかり忘れてたんだけど、今日ぼーっとしてるとこで目に入ったらなんか無性に食べたくなって」
それはそうだ。佃煮も漬物もうまい。いらないならくれませんかと言いたくなるくらいには。でも、言えないくらいには嫌われたくない。
宗二が泡だらけの菜箸をすすぐ。それを見ながら言う。
「俺なすの漬けたのとか大好きなんだけどさ」
「え」
「宗二絶対好きじゃなさそうだし、やめとこうかなってずっと。白菜漬けも塩昆布も」
菜箸の泡はもう十分洗い落とされたのに、まだ水が流れている。シンクを挟んだ宗二の向かいまで歩いていって、ハンドルを掴んで下ろした。
「別に一人で食べてよかったのに」
「なんか、嫌われてるもの食べて喜んでるやつになるのも嫌でさ」
宗二は瞬きを繰り返して言った。
「ごめん」
「謝るほどのことでもない」
シンク越しに、宗二の肩を二回叩いた。宗二は菜箸を持ったままふんと言って、続けた。
「いいよなちりめん山椒くらい」
「いいだろまあ適量なら。いきなり血管破裂して死にはしないだろ」
「そう、品はともかく塩の問題はあるけど、まあなあ」
「健康診断なんか問題あったっけ?」
「なんにも。まっさら」
宗二はやっとペーパータオルを手に取って、菜箸の水気を拭き始めた。その肩をまた叩いた。宗二は菜箸をすっかりきれいにして、引き出しにしまって、それからこちらの肩を叩き返してきた。笑えてきたのでまた叩いた。叩いて叩かれて、馬鹿みたいに繰り返して、満足したのでちりめん山椒のタッパーを冷蔵庫に入れた。
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