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満ちた部屋
車が敷地に入ってきた。そのくらいのことは音を聞けばわかる。そう広くもない駐車スペース、一台分の空きにバックで入る。停まる。エンジンが切れる。中から人が一人降りる。
玄関に飛んで行きはしない。と言って、横になったままというのも落ち着かない。文庫本を閉じて畳に置いて、上半身を起こす。あぐらをかく。扉が開いて閉まる。足音が近づいてくる。挨拶というより呻いているような声が聞こえる。襖が開く。思わず言う。
「うわ」
「なに」
「ちょっと雨すぎんだろ、におい」
徹 が、半袖シャツを羽織った二の腕を自分の鼻に押し付ける。眉を寄せてしばらく嗅いだあと首をかしげた。
「いま表じゅうこんなだかんな」
目の前で屈まれる。分厚く湿った空気が鼻につく。
「面白い? その本」
「面白い」
「そう」
徹が窓を見る。つられて俺も見る。窓を叩く雨粒が大きい。
「あー、結構雨強かった?」
「強かった。六月入ってずっとじとじと長いのばっかりだったのに、今日はきつくて長い」
「最悪だ」
「最悪だろ。風もあるからさ。ほら」
腕を差し出される。袖が濡れそぼっていることに気づいた。触ってみる。冷たければいいのにどうにもぬるい。ぬるい水が指の先から入り込んでくる。
「車降りただけで?」
「車降りただけで」
「ほんとに最悪」
顔をしかめてみせると徹は頷いて、少し後ずさってから腰を下ろした。左膝を立てて、右足を俺の脚に載せる。
「着替えないの」
「そのうち乾く」
「乾くまでにこの部屋湿っぽくなるんだけど」
「別にいいだろ。俺梅雨の和室割と好き」
言われて、意識して呼吸をする。もう侵食され始めている。畳と襖と土壁とが全部しけっている。心地いいかと言われると肯定しかねるけれど、不快かと言われるとそうとも言い切れない。
黙って、窓にぶつかる雨粒を見る。徹も黙っている。ひたすら黙っていた後、ふと徹を見ると徹も俺を見た。腕が伸びてきたので俺も伸ばした。徹が先に俺を掴んだ。引っ張られて胸に抱きかかえられた。頭の上から声がする。
「今日はやるかあ」
「やるかあ」
押し倒されて、背中が畳に当たる。
「あ、ここで?」
「そう、ここで」
「マジかあ」
「嫌いじゃないだろ」
「嫌いじゃない」
徹は倒した俺の脚に跨って、シャツとインナーを脱いだ。一度脱いだなら着替えを出さないといけないなと思う。ことが終わるくらいの時間で乾き切るとは考えにくい。
「いいかげんなTシャツだなー」
笑いながら俺の、何遍洗ったんだかよくわからない服の裾をまくる。臍の下をくすぐる。俺は体を捩る。徹は指をずらして臍を少しいじったあと、今度は腰を掴んで、脇に向かってゆっくり手を滑らせる。服がめくれ上がっていく。
「触ると痩せたってわかる」
言われて、徹の腹に触る。掴むところがいくらかあるので掴む。
「おまえは肉ついてきてる」
「愛嬌の範囲だろ。元が筋肉なんだから」
腹を押す。一瞬柔らかくて、すぐ硬い壁に当たる。もちろん知っている。撫でる。徹の指が、胸のあたりを滑っていく。脇に当たって、またくすぐってくる。笑ってしまう。笑いながら、徹の腹や腰を擦る。徹がTシャツの裾を掴む。
「はいばんざーい」
「うるせ」
言い返すだけ言い返しながら、両手を上げて脱がされる。抱き合う。肌が、二人して湿っている気がする。股のところだけ二人とも熱い。そっちはまあ当然だ。目の前の顔を見て、唇に唇を押しつける。徹は俺の唇を舐めて、少し離れて、鼻の脇にキスしてくる。お互いの背中をまさぐる。指が引っかかる。にきび。
「潰していい?」
「何を」
「にきび」
「いいわけない」
徹の手が、背中から胸に戻ってくる。先を摘まれる。声が出る。引っ張られて捏ねられる。いつもしつこいんだよなと思いながらとろとろ喘ぐ。体が感触を逃がしたがるので頭を振る。鼻が畳に近づく。においを嗅ぐ。にきびに爪を立てないように背中を撫でる。股に脚を押しつける。徹の息がきゅっと詰まる。徹が言う。
「脱いで」
徹は一度体を起こして立ち上がる。部屋の隅の箪笥の引き出しを開ける。俺は裸になる。徹がパンツを脱ぎながら戻ってくる。下着ごと脚から引き抜いて、脱いだ形のまま見捨てる。俺の頭の横にコンドームを箱ごと置く。いつも思いつくままにセックスをするから、どっちの家でもそこら中にしまっている。徹が俺の隣に寝転ぶ。向かい合う。にやにや笑われる。
「おまえもうつけといたほうがいいんだよ」
うるせ、とまた思ったけれど今度は言わない。口を閉じたまま、徹の手でペニスにゴムを被せられる。そのまま扱かれる。自分の漏らす声が甘ったるい。徹のものを握り返す。擦る。お互いの顔の、触れられるところ全部にキスをする。体中に力が入る。手の中の亀頭に力をかける。徹の手が速くなる。ああ、と思いながら射精した。
コンドームを剥がされる。徹はそれを左手で摘んで、右手の上でひっくり返す。精液が全部こぼれるのを俺は見ている。こぼれた液で、徹は指を濡らす。俺は仰向けになって自分から脚を開く。のしかかってくる徹の胸に手を置く。撫で回す。指が入ってくる。どこをどうしたらどうなるのか徹は全部知っているので、声が止まらないままあっという間に緩められてしまう。また勃起している。
二つ目のコンドームをつけられて、体をうつぶせにされる。畳でやるならこっちの方が楽だとずいぶん前に俺が言ったからだ。徹が準備をしている音が聞こえる。腰を引き上げられる。掴まれたまま先が入ってくる。今日は遅い。ゆっくり擦り上げられる。痺れるところで徹が止まる。自分で腰を振ってみると、後ろから笑い声がする。別に止められるわけでもないので動き続ける。徹の息が荒くなってくる。急に奥を突かれる。崩れかけた体を、徹の腕ですくい上げられる。深くてきつい。徹は左手で俺の脇腹を、右手で性器を掴んで擦る。背中が反り返る。反り返ると余計に、貫かれている感覚が強くなる。
「大丈夫?」
耳元で囁かれる。口からはもう意味のない声しか出ないので、繰り返し頷く。徹は奥を小刻みに突く。俺は振り向く。顎を上げてみせる。唇が唇に吸い付いてくる。舌を伸ばして徹の前歯を舐める。舌が出てくる。絡め合う。お互いに顔を傾けてどうにか呼吸を繋ぎながら、ひたすらキスをする。
ざあと強い音がした。窓を叩く雨の音だ。どうもどんどん酷くなっている。徹はこの音が聞こえているんだかどうだか、とにかく俺を抉り続けている。キスの隙間から小さな声を漏らす。その声を聞いているとますます痺れてくる。頭がぼんやりし始める。唐突に、ぎりぎりまで引き抜かれて押し込まれる。
もう意味のない声もほとんど出ない。
圧迫感が増す。俺が縮んだのか徹が膨らんだのかよくわからない。よくわからないまま揺さぶられてゴムの中で出した。徹も出した。出してから俺に、畳汚すと面倒だもんなと言った。
これのままでいいと徹が言うので試しにシャツを羽織らせてみたけれど、やっぱり不快そうな顔をした。触ってみると雨が滲んだ。徹は和室を出た。寝室で着替えてくるんだろう。あぐらをかいて待つ。一度遠ざかった足音がまた戻ってくる。襖が開く。徹は言った。
「うわ」
「なに」
「めっちゃセックスのにおいする」
俺は立ち上がった。襖を開ける。外に出る。百数えてまた襖を開けた。
「うわほんとだ」
「だろ」
徹が表から引きずってきたにおいはすっかり消えた。代わりに、精液と汗とそれを分泌した人体のにおいとが充満している。俺は部屋の端まで歩いて窓に手を置く。雨粒がぶつかるたび振動しているような気がする。
「換気絶対無理だな」
「襖開けてドアも開けて換気扇回したらちょっとは薄まるんじゃないの」
「まあそうか」
俺はまた部屋を出て、リビングの扉を開けた。キッチンに繋がる扉も開けて、キッチンの換気扇を回した。キッチンから廊下のドアも、廊下から脱衣所のも開けた。
和室に戻ると、徹は寝転んでスマホをいじっていた。俺を一瞥してすぐ視線を画面に戻した。俺は屈んでキスをした。畳に置いていた本を拾ってあぐらをかいた。
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