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第4話 陽一サイド<吉沢君の面接>
昨日の達也君が披露したデビュー曲の素晴らしさに、俺はすっかり心を奪われてしまった。
たった1か月で、人間はここまで変われるものだろうか。
昨日まで道端でうつむいていた自信なさげな若者が、
今日は舞台の上で眩いばかりの光を放って歌い、踊っている。
そのギャップが凄すぎて、この世界は怖いとさえ思った。
もし、達也君のメールを無視していたら?
危うく、一人の若者の可能性を完全に損なうところだった。
「颯太、達也君の才能は最初から分かっていたの?」
「うん。声がきれいだったから、きっと心もきれいだと思ったんだよね。
今ならネットだけで活躍することも出来るから、
顔が冴えなくても大丈夫って思ったんだ」と颯太は笑う。
なるほど。
俺は彼と初めて会った日のことを思い出した。
発端は、ミツワのHPに届いた一通のヘルプメール。
日曜日に広報の山下さんから転送されてきたものだ。
『初めまして。突然すみません。私は歌手志望で吉沢達也と申します。
19歳です。歌手になりたいのですがうまくいきません。
チャンスもなく、バイトで食いつないでいるのに、オメガなのでヒートになるとクビになるんです。
最後のお願いです。プロになれるかどうか、音源を送るのでぜひ歌を聞いて判断していただけないでしょうか?
もしだめならもう諦めます。どうぞよろしくお願いします』
そんな切実な音源付きのメールをくれた青年。
翌日、俺は颯太を連れてミツワに向かった。
会長室には広報スタッフも集まっており、皆がその対応を気にしていた。
全員で音源を聴く。美しい声だった。
「声がすごくきれいなのに、かわいそうだよねえ?」と颯太。
とにかく本人に会わなければ何も判断できない。
「山下さん、ちょっとその子を今ここに呼べるかな? まだ1回も会っていないからさ」
「はい、分かりました。すぐ電話します!」
広報の山下さんがさーっと部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。
「あのう、10分以内に来るそうです」
「え? 早すぎない?」と俺が笑うと、
「連絡が来るのをずっと待っていて、
すぐ行けるように赤坂のカラオケボックスで待機していたんだそうです」
「ほう~、それは凄いね。じゃあ、待たせてしまってかわいそうなことをしたな」
「うん、そうだね。本当に必死なんだね」と颯太も同意する。
待つこと10分。
その間に俺はアニメプラスの夏輝さんに連絡を入れ、
達也君の歌を聴いてもらう約束を取り付けた。
やがて山下さんがミツワタワーの1階まで迎えに行ってくれて、
吉沢達也君が会長室へ姿を現した。
現れた彼はオメガだというのに、すらっとしていて髪が長く、どこか儚げだ。
え……? 目が大きく、鼻筋が通っていて……これは、とんでもないイケメンじゃないか。
しばし、部屋にいた全員が息を呑んで見惚れてしまった。
「初めまして。吉沢達也と申します。
本日はお時間をいただいて、本当にありがとうございます」
俺は隣に座る颯太を肘でつついた。
「え、あ、俺が立花颯太です。芸名はゆおんです。よく来てくれましたね」
「どうぞ座ってください。ざっと紹介しますね。
私は颯太の夫で立花陽一です。ミツワの医療顧問でもあります。
……広報スタッフのみんなも自己紹介を」
全員が笑顔で挨拶をする。
「さて、まずは颯太から話す?」
「先生からうまく説明してあげて」
「はい。実はね、メールをもらってから広報スタッフと協議をしました。
しかし、うちは歌手が颯太だけで、他のタレントを育てるノウハウがないんですよ。
君を引き受けるのは全然かまわないんだけど、
才能をどう活かしたらいいのか?……を考えた結果、
隣の浅田タワーのNatsuさんにお願いした方がいいと思いました。
知ってるかな? Natsuさんのこと」
「はい、もちろんです。素晴らしい声で、ずっと憧れています」
「それで明日の11時に、隣の浅田タワーのきらら小ホールで、君の歌を聞いてくれることになったんだ。
トレーナーも同席するそうだから、実質オーディションだね」と俺。
「それで、君のことは何も知らないので、もう少し詳しく教えてもらえるかな?」
「はい、もちろんです。履歴書を書いてきました」
スタッフが履歴書を人数分コピーし、皆で目を通す。
「出身は東京なんだね。家族は……あれ、いらっしゃらないのかな?」
「はい、そうなんです。両親は小さい時に事故で亡くなっていて、母方の叔母の家で育ちました。
いつまでも厄介をかけるわけにはいかないので、高校を出たし、早く独立したいんです」
「そうなんだ。大変だったねえ……。
あのね、もし歌手がダメになっても大丈夫だよ。
俺が面倒を見るから安心して」と颯太が言った。
颯太の何気ない優しさに触れ、吉沢君は目を潤ませてしまった。
「すみません。こんな事を人に言われたのが初めてなんです。うれしくて……」
彼は声が震え、涙が止まらなくなってしまった。
少し収まるのを待って、
「お茶でも飲んでください」と山下さんが優しく声をかける。
履歴書を眺めると、気になる項目があった。
「趣味にダンスとあるね。何年くらいやっているの?」
「中学の時からです。習っているわけではないので自己流ですが、ネット動画を繰り返し見て真似をしています」
「へえ、すごいね。独学でやってきたんですね……」とスタッフが感心して頷く。
「明日会う浅田夏輝さんについて少し話しておこう。
彼は歌手であり、医者でもあるんだ。
浅田工業の跡取りとして、タワー全体の理事も務めている。
音楽事務所の責任者でもあるから、もし彼が認めてくれたら、
あとは彼に任せるつもりなんだ。いいかな?」
「はい、もちろんです! ありがたいお話です。どんなことでも頑張ります」
「他に何か楽器の経験は?」颯太が尋ねる。
「キーボードを弾きます。これも自己流で恥ずかしいのですが、自分の歌の伴奏用にと……」
「へえ~」
みんなの感嘆した声が揃った。
きっと、ダンスも楽器も正式に習いに行く余裕などなかったのだろう。
それでも好きだからと、独力で磨き続けてきたのだ。
その根性には、心からの敬意を抱かざるを得ない。
俺はすっかり、この青年の味方になっていた。
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