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第5話 陽一サイド<Natsuさんのオーディション>

 翌日、早めにミツワに来てくれた吉沢君を連れ、俺たちは浅田タワーのきらら小ホールへと向かった。 吉沢君はひどく緊張している様子で、 颯太が隣で「リラックスしていいんだよ」と優しく声をかけている。 しかし、これに人生がかかっていると思えば、当然緊張するだろう。 会場に入ると、夏輝さんをはじめ、数名のスタッフがすでに待機していた。 俺たちはといえば、成り行きを見守りたいと申し出た、広報スタッフまで全員で押しかけてしまった。 まるで家族の発表会を見守るような気分だ。 夏輝さんがにこやかに歩み寄ってくる。 周囲のスタッフたちは、真剣な眼差しで吉沢君を凝視していた。 今後のスター候補としての適性を見極める、 ――彼らにとっては最初の洗礼なのだろう。 夏輝さんによれば、他事務所からの推薦はこれが初めてのことらしい。 吉沢君は少し照れたように視線を落とした。 「こんにちは。よく来てくれましたね。夏です。よろしくお願いします」 夏輝さんが吉沢君と握手を交わし、続けてスタッフを紹介してくれた。 「立花さんもありがとうございます。うちのスタッフをご紹介しますね。 アニメプラス社長の桐生さん、マネージャーの村瀬さん。 事務所スタッフの神崎さん、クリエーターの藤堂さん。 音楽・舞台トレーナーのみずきさん、舞台監督のレオさん。 それから、ステラビートのメンバーも数人連れてきました。 大勢ですみませんが、期待が大きくてね。楽しみにしていましたよ」 「わあ、すごいですね。ありがとうございます。 うちは広報スタッフを5人連れてきました」 俺たちは、それぞれ改めて自己紹介を済ませた。 「では、早速始めましょうか。吉沢さん、舞台に上がってもらえますか?」 「はい」 吉沢君は覚悟を決めたように舞台へ上がった。 彼が真ん中に立つと、パッと客席が暗転し、スポットライトが彼一人を照らし出した。 (……ここまでするのか?) 本格的な演出に、俺は少し驚かされた。 「吉沢君、何を歌いますか?」 夏輝さんの問いかけに応じ、前奏が流れ出す。 彼がマイクを手に歌い始めると、空気が一変した。 やはり、その声は美しい。 スローで甘いメロディが、彼の声質に完璧に合っている。 客席で、俺はすっかり聴き入っていた。 「もう一曲聞かせてもらえるかな。今度は少しアップテンポな曲がいいですね」 リクエストに応じ、次はテンポの激しい曲が流れる。 歌が終わると、夏輝さんが表情を引き締めた。 「じゃあね、少し踊ってみましょうか。何か踊れる曲はある?」 厳しい……いきなりダンスまで試すのか。 吉沢君が曲名を告げると、 舞台の袖からステラビートのメンバーたちが、ぞろぞろと上がってきた。 曲が流れる。 吉沢君はプロである彼らの中央に立っていたが、見事に食らいついて踊っていた。 俺にはダンスの専門的なことは分からないが、 プロのダンサーたちと即興で合わせるというのは至難の業だろう。 それでも彼は踊りきった。 曲が終わると、夏輝さんが手をパンと叩いた。 「はい、結構です。お疲れ様」 吉沢君が息を切らしながら戻ってくる。 俺は思わず「頑張ったな」と声をかけた。 彼は言葉も出ない様子で深く頭を下げ、椅子に崩れるように座った。 汗を拭う彼の足先が、極度の緊張のあまり細かく震えているのが見えた。 その後、夏輝さんたちが集まって短い会議を始めた。 沈黙の5分間を経て、夏輝さんが戻ってくる。 「立花さん、ミツワとしては、彼を将来的にどうしたいという展望があるんですか?」 「正直に言うと、うちには彼の才能を活かすノウハウがないんです。 できればこちらで彼を預かり、プロの歌手として育てていただけないでしょうか」 夏輝さんは少しの間をおいて、柔らかな笑みを浮かべた。 「……分かりました。喜んでお預かりしますよ。 彼の声には魅力があるし、センスも良い。 これからみっちり磨けば、必ず良い歌手になれる。 こちらで正式に契約させてもらってもいいですか?」 「はい、ぜひお願いします。吉沢君、いいよね?」 「……はい! 本当にうれしいです。どうぞ、よろしくお願いします!」 彼が再び深くお辞儀をした。 俺は一息ついてから、本題を切り出した。 「ところで、具体的な契約内容は?」 「まず、1年ほど歌とダンスの基礎レッスンを徹底します。 その間も最低限の給料は出しますよ。 それから、うちのレジデンスを用意するので、 そこに住めば生活も安定するはずです。寮費は無料ですから」 「吉沢君、引っ越して寮に入るけど、大丈夫?」 「はい、喜んで行かせていただきます!」 彼の顔がパッと華やぐ。 本当によかった。 手続きを翌日に控え、安堵と共に帰路についた。 帰り道で達也君に声を掛けた。 「夏輝さんには、吉沢君がオメガであることもメールで伝えておいたからね。 配慮してくれるはずだから、安心して」 「はい……ありがとうございます」 彼の頬が、安堵で自然と緩んでいる。 本当に嬉しいのだろう。 「明日から頑張ってね」 二人で送った。 ミツワの会長室に戻った。 ふと横を見ると、颯太が窓の外を眺めている。 「……そういえば、颯太。さっきは何にも喋らなかったな」 「そうだったっけ? えへへへ」 颯太はそう言って、不思議なほど無邪気に笑ってみせた。

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