15 / 53
第15話 達也サイド<新しい住まい>
佐々木さんが戻ってきて、運転席に座った。
「お待たせしました。では行きましょう」
車は静かに発進し、渋谷方面へ向かった。
窓の外の景色がどんどん流れていく。
俺の人生も、同じように大きく変わっていくんだろうか。
着いたのは、恵比寿らしいお洒落な街並み。
雑居ビルが立ち並ぶ中に、ひっそりとしたマンションがあった。
「ここが君の新しい住まいだよ。オートロックの番号はこれ。開け方はこう」
番号を押すと、静かに扉が開いた。
荷物を台車に移して12階へ。
エレベーターの鏡に映る自分の顔が、ひどく強張っているのが分かった。
「ここだよ」
佐々木さんがドアを開けてくれた。中に入ると、思わず息をのむ。
前のレジデンスより2倍は広い。
1DKのリビングキッチンは、俺一人には十分すぎるほどだった。
「うわ……広いですね。ありがとうございます」
「今日から君は“プロ”として扱われる。だから先に注意事項を済ませよう」
佐々木さんの声が、急に現実を突きつけてくる。
「まず、今日は荷物を片付けて周辺を散策し、環境に慣れておくこと。
コンビニ、駅、スーパー……生活に必要な場所は一通り把握して。
このマンションは寮だから費用は一切かからないし、給料も今のまま支給される」
「はい」
「そして──ここからが大事だ」
佐々木さんの声が、一段低くなった。
「ステラビートとは接触禁止。理由は分かるね?」
「ええと……」
「君は入所1か月でデビューする“異例の存在”だ。
ステラは何年も努力しているのに、まだ突出したメンバーはいない。
もし君のデビューが知られたら──嫉妬、やっかみ、嫌がらせ……すべてが君に向かうよ」
喉がひりついた。
「最悪、怪我をさせられるかもしれない。階段から突き落とされるとかね。
まあ例えだが、芸能界はそういう世界だよ」
背筋が凍る。
「だから接触禁止。連絡も一切禁止だ。メールが来ても無視すること」
「……はい」
「それと女性との交際も禁止。写真を撮られたら終わりだ。
スキャンダルが出たら、事務所は君を守れない。契約解除もあり得るからね」
「分かりました」
「他の友人とのメールは、安否確認程度ならいい。
だが今の状況は誰にも言わないこと。
家族にも内緒。仕事の話は厳禁だ、いいですね?」
「承知しました」
「明日は10時からレッスン。30分前に迎えに来る。
外出したい時は必ず事前に報告すること。勝手に出歩かないように」
「はい」
「何か質問は?」
「あの……颯太さんにお礼のメールをしたいんですが……」
「それは少し待って。近いうちに会うから、その時に直接言えばいい」
「……はい」
佐々木さんは帰っていった。ドアが閉まると、部屋が急に静まり返る。
ふう、と深く息を吐いた。
ベッド、テーブル、チェスト、姿見。
机、椅子、テレビ、電子レンジ、トースター、電気ポット。
浴室とトイレは別で、洗濯機まである。
俺には十分すぎる環境だった。
キッチンの扉を開けると、生活に必要な道具が一通り揃っている。
バルコニーに出ると、隣と前のビルが迫っていて、景色はほとんど見えなかった。
「……12階なのに、まだ周りの方が高いなんて」
思わず笑いが漏れる。恵比寿でこの広さ、しかも12階。
普通に借りたら数十万はするだろう。
荷物を片付け、必要な買い物をリストアップした。
Wi-Fiを繋ぎ、地図で周辺を確認する。
コンビニまで徒歩3分。小さなスーパーが5分。
病院、郵便局、銀行……全部ある。
恵比寿駅までは徒歩10分。
便利だけど、ステラのメンバーと遭遇したら困るから、あまり出歩かない方がいい。
たった1か月で、俺は颯太さんのおかげで“出世”したのか。
うれしい。でも──怖い。
クビにならないように、頑張らないと。
こういう時、報告できる親がいたらどんなに良かっただろう。
俺は心の中でそっと両親に語りかけた。
(お父さん、お母さん。俺、デビューすることになったよ)
ともだちにシェアしよう!

