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第24話 達也サイド<神楽坂の料亭>

  CM撮影が終わって三日ほどした頃、副社長から事務所へ連絡があった。 「撮影のお疲れ様として、食事に招待したい」とのことだった。 「俺だけですか?」 「うん、そうみたいだね」と夏さん。 「ええっ、どうしよう……。どうしたらいいですか?」 俺は正直、困惑して悩んだ。 「一回だけなら行ってくれば? 断ったら申し訳ないしねえ」と夏さん。 「桐生さんはどう思う?」 「今はスケジュールが空いているので、 断るにしても口実がありません。 ありがたく受けるしかないでしょう」と桐生さん。 「じゃあ行っておいで。送迎はマネージャーに頼めばいいから」 お招きを受けると、副社長側から浅田タワーまで迎えに来ますと言うことだった。 俺は緊張のあまり、一張羅のスーツを着て待った。 やってきたのは、夏さんの車のような黒塗りの高級車。 SPらしき人物も同乗している。 うわあ、先が思いやられる。 そして副社長が後部席に乗っていた。 マネージャーに桐生さん、夏さんまでが下まで見送りに来てくれた。 「行ってらっしゃい」 副社長が夏さん達にちょっと手を振っていた。 そして車に乗り込んだ。 緊張で心臓が跳ねる中、食事の場所に到着した。 神楽坂にあるビルの1階だ。 でも中に入ると、和風の上品な雰囲気だった。 玄関をくぐると、着物を着た仲居さんに案内された。 通された部屋は、ちょっと見ただけでもドキドキしてしまうような暗めの照明。 テーブルだけが静かに照らされていた。 部屋の隅にある、ちょっとした緑の飾りすら上品に見えた。 ここで二人だけで向かい合うんだと思った。 何を話したらいいの? あまりのプライベート感で、少し息が苦しくなってしまった。 そして来たことを少し後悔した。 「達也君、もしかして緊張してる?」 副社長の声に、俺は小さく頷いた。 「ちょっと深呼吸してみて」 えっ、と驚いたが、言われた通りに息を吸い込む。 「もっとやってみて」 優しく促され、何度か大きく深呼吸を繰り返した。 すうーっと肩の力が抜け、少しだけ呼吸が楽になる。 ああ、俺は何をしているんだろう……。 そのうちに、おかみさんが挨拶に見えた。 副社長と親しげに言葉を交わしており、 ここが彼にとって馴染みの場所なのだと分かった。 「和食のコースでいいかな?」 「はい、なんでも大丈夫です」 運ばれてくる料理は、一品ずつがさぞ高級なんだろうなあと思った。 盛り付けも繊細だった。こんなの食べたことがない。 「先に乾杯しようか」 俺の手元には、副社長が頼んでくれた山桃酒のソーダ割がある。 「CM撮影、本当にお疲れ様でした。 本当にどうもありがとう。お陰で素晴らしいCMになったよ」 軽くグラスを合わせる。 「もうCMが完成したんですか?」 「あ、まだ見ていないよね。これだよ」 手渡されたスマホの中で、俺が動いていた。 見惚れているうちに、あっという間に終わってしまう。 「もう一度見てもいいですか?」 俺がお願いすると、副社長はニコッと頷いてくれた。 「君の携帯に動画を送ってあげようか?」 「あ、その……ごめんなさい。事務所に送っていただけますか? 契約で、個人の端末への転送は禁止されているんです」 「うん、分かった。では事務所に送っておくね」 「はい、ありがとうございます」 「美味しいよ、食べてみて」 会話が途切れがちで、俺はひたすら料理を口に運んだ。 そんな俺を見つめながら、副社長がぽつりと呟いた。 「あのね、最初に君の歌を聴いた時に、胸に刺さるものがあったんだ」 「え……?」 「何か、君がすごく辛いことに耐えている人なんじゃないかと思ったんだよ。 俺もね、恵まれているように見られるけど、大変なことの方が多くて……。 でもこぼす相手がいなくてね__でも今言ってるね」 そう言いながら、彼は寂しげに、けれど優しく笑っていた。 「君のプロフィールを見たんだけど、ご両親がいらっしゃらないの?」 「はい……小さい頃に車の事故で亡くなって、 母方の親戚に育ててもらったんです。 高校を出たらすぐ独立しようと思って働いたんですけど、 どこに行ってもすぐにクビになってしまって」 「うん? ……もしかして、身体の都合かな?」 えっ、と驚愕した。 なんで、そんなことが分かるんだ。 「どうしてそう思ったんですか?」 彼は少し頬を緩め、言った。 「だって、それ以外にないでしょう? 君のような真面目で真摯な子がすぐにクビになるなら、原因はそれ以外にないよ」 赤面してしまった。恥ずかしい……。 でも、なぜか心が震えた。 「ダメだよ、もっと胸を張って。 君は自分に自信を持って、誇りを持っていいんだ」 そっと副社長を見つめる。 「そうでしょうか……」 「うん、俺が保証するから。大丈夫だよ」 その言葉は、何よりも優しかった。 なんだか、それだけで凍りついていた心が、ゆっくりほどけていくような気がした。

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