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第26話 達也サイド<空中散歩>
先日、料亭で副社長といろいろと話をした。
不思議と心が温かくなった気がしたけれど、その代償は大きかったかもしれない。
俺は車の免許も持っていないし、
CMに出演するのに車について何も知らないという不安を、
思わず口にしてしまったのだ。
「達也君、副社長から本社の工場を案内したいと申し出があったよ。
何か心当たりはある?」
夏さんにそう聞かれた瞬間、
全身が冷水を浴びたように凍りついた。
「すみません……先日、料亭で免許もないし、
車について聞かれるのが怖いと漏らしてしまって。
多分、そのせいです。申し訳ありません」
頭を下げると、夏さんは苦笑した。
「いえいえ、いいんだよ。それなら理由が分かる。
CMを見た人は、達也君に色々と聞いてくるはずだからね。
一度しっかり教えてもらった方がいい」
「そうですね。免許がないと言うと、
CMの説得力に欠けてしまいますから」と桐生さんも頷く。
「もし都合がつくなら、明日、本社の会議があるそうだ。
その間に工場を案内できるよう、担当者に頼んでくれるらしい」
「あ、はい……ありがたく行かせていただきます。
……で、場所はどちらなんでしょうか?」
「あれ、 知らないの? 名古屋だよ」
「ええっ! そんなに遠いんですか?」
「うん。それがね、ヘリコプターで移動するんだって。大丈夫?」
「はあ!? いや、分からないです……乗ったこともないし、
飛行機すら乗ったことがないのに、高いところなんて……」
「大丈夫じゃない? 副社長が乗っているんだから、平気だよ」と桐生さんが笑う。
「ちなみに佐々木さんは?」
「駄目だって。高所恐怖症なんだってさ」
二人がクスクス笑っているのを横目に、
俺は遠い目をするしかなかった。
そして翌日。
俺は今、車会社の屋上にあるヘリポートに立っていた。
副社長はいつものようにスマートなスーツ姿。
俺も一応スーツを着てきたけれど、足元がおぼつかない。
「さあ、行くよ」
副社長が軽やかにヘリに乗り込む。
俺の後ろからサポートスタッフが背中を支えてくれた。
「インカムをつけて」
ヘッドフォンを装着してくれ、安全ベルトもしっかりと締めてくれる。
「これ、持っていて。使ってもいいからね」
手渡されたのはタオルだった。
なんで? と思う間もなく、激しい音と振動が全身を包み込んだ。
あー、もう駄目だ。恐怖で涙が滲んでくる。
次の瞬間、ふわっと機体が浮き上がった。
タワービルの上だというのに、さらに高い空へ昇っていくのか?
バリバリと鼓膜を震わせる凄まじい音に、意識ががんじがらめになる。
「達也君、大丈夫? 俺を少し見られる?」
声がしたけれど、恐怖で固まった首が動かない。
「ほら、ちょっと下を見てごらん。東京湾がきれいだよ」
……悪魔かと思った。
落ちそうでマジで怖い。
目をぎゅっと閉じて震えていると、副社長がしっかりと俺の手を握ってくれた。
「大丈夫だよ。俺が乗っているんだから、平気。
鳥になったと思って、遠くを見てみて。もうすぐ富士山が見えるよ」
え、富士山? チラッと片目だけ開けてみた。
そのまま副社長の顔を見ると、彼は楽しそうに笑っていた。
くそー! なんて余裕なんだ!
そうやって、計1時間45分の空の旅を経て、
名古屋の本社ヘリポートへ無事に着陸した。
俺はずっと息を止めていたのかもしれない。
なんだか頭がふわふわして、意識が遠のいていく……。
手を握ってくれていた副社長が先に降りて、
俺が降りるのを手伝ってくれた――はずなんだけど、
そこで俺の記憶はぷつりと途切れていた。
気がつくと、医務室のようなベッドで寝かされていた。
「あ、気がつかれましたか?
副社長は会議にいらしていて、
戻るまでここで休むようにとおっしゃっていましたよ」
ナースらしき女性が優しく微笑む。
「すみません、トイレに行きたいです」
「はい、お連れしますね。肩をお貸ししますよ」
よろめく足取りでトイレを済ませて戻ると、彼女はまた言った。
「もう少し休んだほうがいいと、医師が診断していますよ」
「え、お医者さんが診てくれたんですか?」
「はい、たまたま今日は産業医の先生がいらしていたので」
「俺、どうしてここにいるんですか?」
すると、彼女はとんでもないことを口にした。
「あら、副社長がずっと抱いてここまで運んでくださったんですよ。幸せねえ~」
え、ええーっ!?
どうしよう、こんなこと事務所に言えない。
それに、取引先の副社長に向かってなんてことを……!
あーもう俺はダメだ、消えたくなった。恥ずかしすぎる。
工場見学はどうなるんだ?
……俺の社会人生命が……もうこの世の終わりだ。
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