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第35話 夏輝サイド<因縁>
いよいよ、テレビ出演のリハーサル当日だ。
メイクや衣装を整え、局のスタッフの案内で第3スタジオへ向かう。
廊下を進むうち、不意に俺の足が止まった。
向こうから歩いてくる数人のグループ。
その中の一人に目が釘付けになった。
「え? どうしたんですか?」桐生さんが不思議そうに問いかける。
「いや~、奇遇だなあ。浅田さんじゃないですか!
お元気ですか? 事務所もご活躍の様子ですねえ~。
HPも毎度チェックさせていただいてますよ。
こちらは新人さんかな? カッコいいですねえ。うちも欲しいなあ」
全身が凍りついた。呼吸が苦しくなるほど動揺が広がる。
誰が忘れるものか。
ヴォクシブをメチャメチャになるまでこき使い、
回復に1年もかからせた……オリオンミュージックの黒田社長だ。
「失礼ですが、今日はどのような御用で?」
桐生さんが俺の代わりに冷静に対応してくれた。
彼も黒田の素性は知っている。
俺は憎しみを込めてあいつを睨みつけたまま、言葉が出なかった。
「いやぁ、うちもねえ、だんだんお声がかからなくなってきてねえ~。
ヴォクシブがいなくなっちゃったでしょう?
大いに痛手なんですよ。……ところが、今はアメリカで活躍しているそうですね。
いや~惜しかったなあ。たまには貸してくださいよ」
黒田がのらりくらりと口にする。
もう我慢がならなかった。
「ヴォクシブはボロボロにされて、身体の回復に一年もかかったんですよ!
どうしてくれるんですか、その一年を!」
俺は怒鳴っていた。
「はあ、そうですか。まあ、うちらとは関係ないですからねえ~」
悪びれもせず嫌がらせを吐くあいつの首を、今すぐ絞めてやりたい衝動に駆られる。
桐生さんが俺の手を強く押し留めた。
「理事、行きましょう。時間の無駄ですよ」
達也が不安げにこちらを見ている。
「達也、行こう」マネージャーが達也に声をかけ、
桐生さんが俺の腕を引いて歩き出した。
血が逆流して止まらない。
荒い息は、なかなか収まらなかった。
「理事、ちょっとコーヒーでも飲んで落ち着いてください。
あんな奴に引っかかったら駄目ですよ」
「……うん、そうだね。俺としたことが、逆上しちゃったよ」
達也の前で取り乱すなんて。怖がらせてしまったかもしれない。
スタジオに入ると、すべてがスタンバイされていた。
「歌手の吉沢達也さんが入りまーす!」
ADの声とともに、スタジオ内から拍手が起こる。
「おはようございます!」
達也が周囲へ丁寧に挨拶をして回り、俺たちもそれに続いた。
はぁ……こういう場はまだ慣れない。
俺たちはカメラの後方から見守ることにした。
事前の打ち合わせ通り、達也は立ち位置や成り行きの説明をスムーズに理解している。
メインMCたちの横に設えられたステージのセットも上々だ。
今日はリハーサルなので試し撮りを行い、本番は明日である。
「よーい!」
合図とともにスタンバイ。
前奏が鳴り響き、達也が堂々と歌い始めた。
俺たちはこぶしを握りしめ、祈るように見守る。
達也は歌い、踊っていた。
3分にも満たない時間が静かに過ぎ去る。
「カット!」
声がかかった瞬間、スタジオ中に拍手が湧いた。
ディレクターからも『これでOKなので、明日もよろしくお願いします』と笑顔をもらう。
「達也、すごく良かったよ!」
俺たちが駆け寄ると、達也は安堵したように嬉しそうな笑顔を浮かべた。
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