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第36話 夏輝サイド<本番の悪夢>
昨日の悪夢のような気分の悪さはまだ残っていた。
それでも今日は本番だ。
気分を変えなければ。
達也は楽屋で吸入を終え、ヘアメイクや衣装も万全に整っていた。
ノックの音とともに、ADが顔を出す。
「あと1時間で本番です。また呼びに来ますので、よろしくお願いします」
「あと1時間もあるんですね。少し早すぎたかな?」と桐生さん。
「いや、そんなことはないでしょう。達也、何か飲み物でも買ってこようか?」
「あ、いえ、自分で行ってもいいですか? なんだか緊張しちゃって」
「そうだね。SPも一緒なら大丈夫だろう」
「私が同行しましょうか?」とマネージャーが名乗り出てくれた。
「頼む。わざわざすみません」
それから5分が過ぎ、10分が過ぎた。
「おかしいですね、遅いですよね? どこまで行ったのやら」と桐生さん。
俺がマネージャーに電話を入れた。
「あ、もしもし? なにか急に個別のインタビューが入ったそうで、
今第5スタジオの前にいるんですよ」と佐々木さん。
「え? そんな話は聞いてないぞ。達也はどうした?」
「すぐ本番だからと関係者以外入室禁止を言われていて……達也だけが中に入っています」
「それ、おかしいだろう。すぐドアを開けさせてくれ、俺たちも今行く!」
「大変です、達也が……倒れています!」と佐々木さん。
「えっ、なんで!」
俺たちは第5スタジオへ駆け出した。スタジオのドアは開いたままだった。
中に入ると、意識のない達也をSPとマネージャーが抱え込み、必死に呼びかけている。
「どういうことだ!」と桐生さんが怒鳴った。
「個別インタビューをすぐ本番で撮影するからと、
俺たちは入室禁止だと言われて、中に入れなかったんです。
達也だけが中に入ったんですが、
桐生さんの電話の声で中を覗いたら、すでに達也が倒れていて……」
「桐生さん、医療カバンを!」
「了解!」
俺は達也の肩を叩き、呼びかけた。反応がない。
何らかの薬物を嗅がされたのか?
鼻を近づけると、微かにアルコールのような匂いがした。
脈は安定している。
桐生さんからカバンを受け取り、すぐに血圧を測る。
「桐生さん、ADに事態を伝えてください!」
「了解!」桐生が走り去る。
血圧は下がっているが、致命的ではない。
軽い麻酔薬か。……強心剤を打つべきだ。
内心では焦りから手が震えていたが、
俺は自分に言い聞かせた。
落ち着け、落ち着け。
「佐々木さん、達也の腕を出して」
「はい、左手でいいですか?」
「はい、いいです」
注射を打っている最中、テレビ局のスタッフたちが駆けつけてきた。
「一体どうしたんですか!」
「何者かがスタッフを装って、達也に麻酔薬を嗅がせたようです」
「まさか…… すぐ管理室へ連絡し、監視カメラを確認させます」
「すみません、私もカメラのチェックに同席して良いですか?」とSPが申し出る。
「頼む。あと、すみませんが達也を楽屋に運びます」
「理事、私が運びます」SPが達也を抱え上げた。
楽屋に戻ると、すぐ毛布を掛けて点滴を開始し、酸素吸入器を取り付ける。
間に合ってくれ……。
「桐生さん、本番まであとどれくらい?」
「あと35分ほどです」
俺はディレクターを呼んだ。
「すみませんが、本番までに意識が戻るか不透明です。
もしもの時は、昨日のリハ映像に差し替えてもらえませんか?
本人が目覚めれば、軽い会話程度ならできるかもしれませんが、今は断言できません」
「はい、それは対応可能です。
まさか局内のスタジオでこんな事件が起きるとは……本当に申し訳ありません!」
「いえ、悪意ある人間はどこにでも潜んでいます。
達也の邪魔をしたかったんでしょう」
「本番5分前まで待機します。ADをすぐ配置させます」
SPが申し訳なさそうに俯く。
「理事、我々がついていながら、本当に申し訳ありません……」
「しょうがないですよ。状況的に、誰だって信じてしまうはずだし。
君もカメラの映像を確認してきてください」
「はい、失礼します!」
俺は再び達也の肩を叩く。
「達也、起きて! 達也!」
「佐々木さん、すみませんが達也の手足をさすって刺激してください」
「はい、分かりました!」
佐々木さんは涙をこぼしながら、必死に達也の手足をさすり続けていた。
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