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第37話 夏輝サイド<戦い終えて>
そして本番10分前になった。奥の手を使う。
アンモニアを少量含ませたカット面を、達也の鼻先に近づけた。
すぐさま顔をしかめ、彼は嫌がるように顔を背ける。
「達也、気が付いたか? 目を開けろ!」
ゆっくりと、少しずつ瞼が開く。
「達也、大丈夫か? しっかり目を開けてくれ」
「……俺、どうしたんですか?」
まだ焦点が定まらない。
「スタジオで何があったんだ?」
達也は記憶を探るように眉を寄せ、再び目をつぶろうとする。
「達也、しっかりしろ! もう本番だぞ」
その言葉に、達也はハッとして大きく目を見開いた。
「立ってみよう。佐々木さん、片方を支えて。歩かせる」
両腕を支えて立たせると、ふらつく達也を何とか歩かせた。
「ほら、本番が始まる。しっかりするんだ」
「……はい」
どうやら意識は戻ったようだ。
「このままスタジオへ行く」
ディレクターに目配せすると、察したように小さな声で「椅子を用意します」と応じてくれた。
俺は達也の背中をポンポンと叩き続ける。佐々木さんにも腕をさすらせた。
「達也、本番だぞ。しっかり受け答えをするんだ。分かったか?」
「……はい、分かりました」
CMの隙に、MCの横へ用意された椅子に座らせる。
「大丈夫ですか?」とMCが心配げに声をかけてきた。
「……答えは『はい』だけで済むように振ってください」
「分かりました、お任せください」
最後に達也の肩を叩いて送り出す。
本番開始。よーい、スタート。
声は掠れていたが、達也は静かに役割をこなしていく。
「歌手の吉沢達也さんですね?」
「はい」
「デビューされたばかりと伺っていますが、
大手の自動車メーカーのCMに出演されたとか? もうご覧になりましたか?」
「はい」
「カッコいいですよねぇ。ではメーカーさんのご厚意で、映像を少しだけご覧いただきます」
5秒CMが流れる。映像の中の達也は凛々しく歌っていた。
「ありがとうございます。渋谷の街頭ビジョンでも流されていて、
すごい人気のようですね。イケメンですものね?」
達也は小さく笑った。
「歌手のお仕事は楽しいですか?」
「……はい。楽しいです」
「ではデビュー曲をぜひ聞かせてください。どうぞ」
録画へと切り替わったのを確認し、MCに深く礼を伝えて、達也の両手を二人で支えて抱え上げた。
「皆さん、大変お世話になりました! ありがとうございました!」
周囲に大声で挨拶をし、スタジオを後にする。
ディレクターが追いかけてきて、何度も最敬礼を繰り返した。
「後日必ず調査結果をご報告いたします。本当に申し訳ありませんでした」
「……では、後はよろしくお願いします。失礼します」
待ち構えていたSPが車いすを持ってきてくれた。助かった。
「理事、どこへ連れて行きましょうか」と桐生さん。
「狙われた以上、一人にするわけにはいかない」
「菜の花病院か、浅田タワーのホテルか……」
そこへ副社長が走ってきた。
「達也は大丈夫ですか! 警備会社から連絡がありました」
「副社長、このまま達也を浅田タワーのホテルに移します。
すみませんが一晩達也をお願いします。
食事はルームサービス利用してください」と俺。
「はい。……具合は?」
「麻酔薬を嗅がされたようです。強心剤と点滴で血圧は安定しましたが、
明日には回復するはずです。夜10時頃に往診に行きます。
私の自宅がホテル内にあるので安心してください」と俺。
「はい、分かりました。どうもお世話になりました」と松永さん。
「今フロントに部屋を確保させます。副社長、ホテルへどうぞ」
TV局の出口へ向かう。
疲れ果てた佐々木さんが謝罪の言葉を繰り返す。
「もう謝らなくていいですよ。無事だったんだから」と桐生さん。
「でも理事、犯人は……」
「多分、騙した人物は全くの部外者だろうし、
調べても名前や住所なんて偽物だと思う」と俺。
「どうしましょうか。警察に被害届を出したほうが……」と桐生さん
「そうですね。明日、SPたちから詳細を聞いてからにしましょう。
……帰りましょう。疲れたでしょう?」
そして解散した。
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