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第46話 夏輝サイド<プロの審美眼>

 松永副社長がアニメプラスに着くと、預かってきたばかりのスケッチブックやファイルを、会議室のテーブルに整然と並べた。 「へえ~」桐生さんが熱心に見ている。 もちろん俺も見た。 「まさにへえ~だよね。どう思う? 桐生さん」 「……基礎は叩き込まれていますね。 光の当て方、特にこの建物の窓から差し込む明暗の描写は、独学にしては計算されすぎている。 それに、キャラクターに余計な雑味がない」 「そうなんだよ。今風の派手なエフェクトに頼らず、 線一本で個性を出そうとしている。ただ……」 次のページをめくった。 そこには、柔らかなタッチの女の子の絵があった。 「商業的な『引き』はまだ弱いんじゃない? 今のうちのアプリやゲームのメインビジュアルにするには、少し大人しすぎるかな」 俺は正直に言った。 「ええ。ただ、理事。この人が描く『空気感』は、 今度のステラのMVや、今後展開しようとしているWebコンテンツの背景美術には、 喉から手が出るほど欲しい素材かもしれませんよ」 桐生さんが指さしたのは、雑踏の中を歩く人々の背中を描いた風景画だ。 「なるほどね。……キャラクターで勝負するのではなく、 彼にしか出せない『世界観』で売るという手か」と俺。 「はい。彼が独学で磨いてきたこの繊細なタッチは、他にはない武器になります。 今の仕事に芽が出ない理由は、単に彼の才能が『今のトレンド』と噛み合っていないだけでしょう」と桐生さん。 「分かった。彼をただのイラストレーターとして使うのは勿体ないよね。 まずは短編のWeb連載用のキャラクターデザインと、その背景美術を一括で任せてみましょうか? それでプロとしての適性が測れるし……」と俺。 「いいですね。彼が自分の画風をどうプロの現場で『変換』できるか、 __彼にとっても、これが正念場になるはずです」と桐生さん。 桐生さんは預かった資料を丁寧にまとめ直していた。 「では彼には『期待している』と伝えておきますか?」と松永さん。 「いや……そうですねえ。厳しい課題を出しますよ。それが彼のためだと思うんですよ。 では明日来れるなら、面接と実技テストをすると伝えていただけますか? 10時に来れますかねえ?」 「すぐ電話します」と松永さん。彼は一度部屋を出た。 しばらくして戻ってきた。 「お待たせしました。喜んで伺うそうです」 「はい、じゃあ決まりですね」 「実技テストって難しいんですか?」と松永さん。 「そりゃ~プロとなれば搾り上げますよ」と桐生さん。 脅してるな(笑) そして松永副社長から、今日の驚くべきことを聞いた。 「え? 子供がいたんですか?」 「そうなんですよ。なんか頭取が結婚してから、あとで言えばいいと言ったそうです」 「信じられない!」桐生さんと声が揃ってしまった。 「彼女も他に方法がなかったそうです。 彼がイラストレーターとして収入が少ないから、頭取が反対したそうなんですよ。 それに子供がいることも知りませんでした。驚愕していましたよ」 「なんか、ドラマみたいですね」 「それで住んでるアパートも小さくて、 ベッドと机とパソコンくらいしかなかったんです」と松永さん。 「あれ? 松永副社長、なんかプレッシャーをかけてます?」と俺。 松永さんはぷっと笑った。 「もちろん好きでやってるわけですから、 イラストレーターで生活ができるようにしてあげたいですよ。 でも無理なら、いかようにも生活ができるように助けようと思っています。 もう、この際いくらお金を使っても惜しくないです!」 桐生さんとぷーっと吹き出した。 「すごい、切実じゃないですか?」 「そうですよ。しかも、あの叔父が頭取にこの政略結婚を持ち掛けたらしいですよ」 「うわっ、凄すぎる」俺もびっくりだ。 「でしょう? もう魂胆が見え見えなんですよ。 きっと他にもなんか頭取と結託していると思いますよ。 ところでもし採用なら、生活ができるような給料って出るんですか?」 「まあ、それは彼次第ですけど、 お望みなら、取りあえず無料の寮を用意しましょうか?」と俺。 「うれしいなあ。きっとそう言ってくれると期待していましたよ。 なんなら私が半分出してもいいくらいなんですよ」 「桐生さん、今の聞いた?」 「しっかり聞きました。 じゃあ、引っ越しの費用くらいは出してもらいましょうか?」と桐生さん。 「お安い御用ですよ、いくらにしますか?」 「そうですねえ、では……う~ん、30万~50万?」 ふ、と笑った。 「もう、桐生さん、おちょくってます?」と俺。 えへへへ、と桐生さんは笑っていた。 「では、引っ越し代として30万お願いしましょうか?」 「はい、かしこまりました。すぐ振り込みますよ」 「え? まだ面接未満ですよ」また皆で笑った。

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