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第52話 透真サイド<有名税>
すべての準備が整うと、俺たちはそのまま叔母の家へ向かった。
そこは古びた小さな木造住宅だった。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、生活に疲れ切った様子の中年女性が現れた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「初めまして、突然すみません。松永と申します。
こちらは加藤弁護士です。少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……もしかして、子供のことですか?」
「吉沢達也君についてお話があります」
「はあ? 達也が何かしたんですか?」
「いえ、そういうことではありません。
ですが、ここでは話しにくいことですので」
「……じゃあ、どうぞ」
通された居間は、物が多く雑然としていた。
俺は名刺を差し出した。
「私はこういう者です」
「では、私の名刺もどうぞ」
加藤弁護士も名刺を差し出す。
彼女はそれを不思議そうに眺めていた。
「あのう、達也とどういう関係なんですか?
副社長さんって、達也の知り合い?」
「実は事前にお伝えしたいことがありまして。
急な話で恐縮ですが、急ぐ事情があり明日、達也君と婚姻届を出す予定です。
ただ、結婚式を挙げる予定はありません」
「えっ、もうですか?
だって、まだ二十歳にもなってないですよね?」
「はい。これまで達也がこちらでお世話になったと伺っております。
その御礼を兼ねて、心ばかりの気持ちを用意しました」
僕は分厚い白い封筒を差し出した。
「なんですか、これは」
「達也を育ててくださったお礼です。受け取っていただけますか?」
彼女はおずおずと封筒を受け取り、中身を確認して目を剥いた。
「……これ、すごい金額じゃないですか。
なんでここまでするんですか?」
「実は私は、あちこちから狙われている身でして。
いつ足元をすくわれるか分からない危険な状況にあります。
……もしかしたら、こちらにも危害が及ぶ可能性があるのです」
「はあ? どういうことですか!
私なんか関係ないのに、困りますよ!」
途端に彼女は目を見開き、露骨に怒りをあらわにした。
「そうですよね。ですので、書類を用意してきました。
もし誰かが達也や私のことを聞きに来ても、何も知らないと答えていただきたいのです。
謝礼金などを餌に近づくマスコミや輩もいるかもしれませんが、決してその手に乗らないでください。後で何が起こるか分かりませんから。
現に達也は先週、テレビ局の仕事中に狙われ、麻酔薬を嗅がされて意識を失いました。
ニュースにもなった通りです。今も後遺症で床に伏せっているのです」
「え……なんでそんな危険な目に……」
彼女は声を震わせ、青ざめていた。
「そうですよね。ですが結婚すれば、達也も同じ標的になります。
これは、お宅を守るための防波堤となる書類です。
一切口外しないという誓約書と、感謝金の受取書です。
これさえあれば、私どもにもお宅にもトラブルは及びません」
しばし沈黙した後、彼女は渋々ペンを取り、サインをして実印を押した。
「ありがとうございます。
それでは明日、入籍いたしますが、決して誰にも口外しないでください。
一切関わりのないようにしていただくことが、お互いのためですので。
どうぞよろしくお願いいたします」
僕たちはすぐに辞去し、車へと戻った。
加藤さんがふふふと笑い声を漏らす。
「どうしました?」
「いやあ、さすがは副社長ですね。弁護士の私も敵いませんよ」
つられて僕も、くすくすと笑いがこみ上げた。
「そうですか?」
「参りました。副社長を敵に回す連中の先は、もう見えていますね」
安堵と達成感で、笑いを堪えきれなかった。
帰宅すると、真っ先に達也に報告した。
もう叔母さんへの電話はしなくていいと伝えると、
達也は不思議そうに聞いた。
「なんで?」
「ごめん。達也には悪いけれど、挨拶は済ませてきた。
僕たちが巻き込まれている危険から避けるために、
あちらには何も知らないふりを通してくれるよう頼んだ。
育ててくれた御礼のお金も置いてきたから、もう何も心配しなくていいよ」
「……お金って、いくら?」
指を三本立てると、達也は目を丸くした。
「えーっ? 三十万も出したの? 勿体ない!」
「ううん。桁が違う」
「まじで? 多すぎるよ。取り返してこようか?」
僕は少し笑って首を振った。
「いいんだよ。シングルマザーとして大変だったんだろう?
これは御礼であると同時に、口止め料でもあるんだ。
これから達也が有名になればなるほど、どこかで釘を刺しておかないとトラブルになる。
いわゆる『有名税』ってやつさ。
達也も俺と結婚する以上は、覚悟してほしい。
何の目的かは分からないけど、いろんな人が寄って来るから、すごく大変だよ」
「そうなの?」
「うん、きっと驚くよ。とりあえず結婚式は挙げないでおこう。
跡継ぎの結婚式となると大げさで大変だし、飲み物に薬でも入れられたら困るからね」
達也がブルブルと身震いをした。
「……ありがとうございます。
叔母さんにまで良くしてくれて俺も安心した」
静かに微笑む達也。
「うん。これで明日、婚姻届を出したら正式に夫婦だね」
僕の言葉に、達也は嬉しそうに微笑んだ。
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