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六 譲歩

 帰る方向が同じだなどという話は、もちろん込童の嘘だ。  コンビニで買ったミネラルウォーターのボトルを持たせ、村上を呼び止めたタクシーに押し込める。 「それ、飲んで」 「はい……」  酔いを醒ませというのだろう。  その意図も分かっている。  込童の右腕が、ずっと村上の肩を抱いていた。  村上は人の体温を感じながらタクシーに揺られる。    ──こんな気分、いつぶりだろうか。  耳元に何か聞こえたなと思って意識を集中すると、それは込童の鼻歌だった。 「楽しそうですね」 「僕? 楽しいですね。貴方は?」 「ぼくは……」  込童は返事を待たずに、村上の耳へ鼻歌の変わりにキスを届ける。  村上は慌てて運転手を覗ったが、彼は右折のタイミングをみるのに忙しいようだった。 「楽しくなりましょうよ、村上さん」  込童は上機嫌な声で村上に囁く。 「僕、セックスは気持ちいいと感じたことはあっても、楽しいとか、ましてや、楽しみだなんて思ったことはなかったな」 「先生、ぼくみたいなのと経験があるんですか?」 「ありますね。駄目ですか?」  村上の肩に回された腕の、その指先に、するりと首筋を撫でられる。 「しっ……失望させるかも……」 「ふふ、試してみましょうよ、村上さん?」 「そんな……」 「あ、運転手さん、そこの公園前で下ろして下さい。停めやすいので」  運転手は、そうですか、助かります、と、ウィンカーを立てた。       ◉  込童の言うとおり、閑静な住宅街の公園にタクシーは滑り込み、二人はそこで降りた。  公園の明かりの下、並んで歩く。  時々、ふらつく村上の肩が込童に当たるので、込童はその腰を抱き寄せた。 「せ、先生……」 「こんな遅く誰も見ていませんよ」 「ぼくのどこがそんなに先生に興味を持たれているのか、全く理解できません」 「なんだ、そんなこと」 「え?」 「振られてる貴方がとても可愛らしかったからですよ」 「……そんなの、理由にならない……」 「おいおいね、おいおい判りますよ、僕がどれだけ、貴方を気に入っているかなんて事は。ああ、着きました。ここです」  込童がキーレスエントリーで門扉を開けると、案の定、村上は込童の自宅が豪邸であることに驚いているようだ。 「お医者様って凄いんですね」 「付き合うなら僕にした方が良いって思ってくれました?」 「そ、そんな」 「ここは祖父の家でした。遺産相続で僕がもらい受けたんです。戦前からある家で、改築はしましたが、裏には土蔵もあるんですよ」 「へえ」 「僕は書斎に使っています。ふふ、乱歩みたいでちょっと良いでしょう?」 「ミステリーお好きなんですか?」 「あれはどちらかというと、怪奇小説ですけれどね。貴方は?」 「好きです。本はよく読みます」 「だと思った。後で僕のコレクション見ます? 初版本とか、色々ありますよ」 「先生がビブリオマニアだとは思いませんでした」  込童はそれに笑って応え、どうぞ、と言って、玄関のドアを開ける。  村上はお邪魔します、と続いて上がった。 「お水、今持ってきますね。お茶のがいいかな。体調はどうですか?」  込童は声を掛けながら客人を暖炉のある居間に通して、ソファに座らせる。 「お水はもう、先ほどのボトルで充分です。具合が悪いのも通り過ぎました」 「それはよかった。飲ませすぎたなって、後悔し始めたところでしたよ」 「はは……」 「今夜はお相手願えますか?」 「ええ、明日は休みですし。いいですよ。でも先生、ぼくで勃ちます?」 「もちろん。当然ですね」  込童は隣へ座ると、村上の顎先をとらえ、唇を重ねた。  込童にやんわりと唇を食まれ、村上は背中に快感が走るのを感じる。  村上は、こんな優しいキスなど、ついぞ受けたことがない。  思わずしがみついて……込童により深く唇を合わせられ、彼の舌先が、村上の舌に触れた。 「んっ……❤︎」  村上は、込童に舌を絡められ、腕の力が抜けていく。  ──困る、こんなにキスが上手いなんて。 「んっ❤︎……ンンッ……❤︎」  ――先生みたいに、顔も良くて性格も素敵で、ステータスだって申し分ない人が、ぼくなんか……。  ふいに、込童のキスが途切れた。  村上が瞼を開けると、込童は不安そうな顔でみつめかえしてくる。 「僕のキスは下手?」 「え」 「なんだかうわの空みたいですね。気になることが? 僕は独り身だし、恋人もいませんよ?」 「ふ、不安なんです。それが逆に」 「どうして?」 「だって、こんな、絶対おかしいです。ぼくみたいな人間が、あなたのような人に――」  終いまで言えずに、村上はもう一度唇で口を塞がれた。  やわやわと耳を揉まれ、うなじを愛おしげに撫で上げられる。  ──とける……。  額に、瞼に、頬に、首筋に。  優しいキスの雨が降って、村上は儚い声を漏らす。 「ぁ❤︎……っぁあ❤︎……っや、先生……❤︎」 「嫌ですか? そんな事は無いでしょう? だってほら、ここ、こんなになってる」  込童は、いつかの暗闇の中で触れたように、村上の前を擦る。そこはゆるりと鎌首をもたげ、ズボンの前を持ち上げていた。  込童は指先で、その形をなぞり上げる。 「んッ❤︎」  びくりと村上の肩が跳ね上がった。 「ねえ、村上さん。後ろは? 後ろも感じる人?」 「よく、わかりません。入ってくると、安心するんです……でもすぐに激しく突かれて、イってしまった後はすぐに抜かれて放り出されるから……よくわかりません」 「妬けますね」 「え?」 「貴方に交際相手がいたことは知っていましたが、そんな風に話されると一刻も早く貴方を僕で塗り替えたくなる」 「せ、先生……」  込童は、村上のズボンのボタンに手を掛け外すと、無言でジッパーを引き下ろした。  屹立している陰茎を素通りして込童の指先は、村上のアナルの柔らかな襞に触れる。 「だ、駄目です! 先生っ!」 「ふうん。ふっくらして、襞が広がっていますね。確かに抱かれ慣れていらっしゃるようだ」 「いやです! 汚いです! 触らないで下さい……!」 「僕は医者ですよ?」 「そんなの関係ない! 羞恥心で死にそうです、先生お願いですから、まだ触らないで」 「無理矢理抱かれたことはないんですか?」 「あります!」  村上は眦に涙を滲ませて、込童を睨みつけた。 「だから、先生にはそんな風に汚らしく抱かせたくない……」  込童の胸元のシャツにすがって、村上は込童にくちづける。  その頭をぽんぽんと優しく叩いて、村上は顔を上げさせた。 「わかりました。バスルームはこちらです」

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