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第8話 対話型ヒーリングAIユニット

 翌日、政宗は自室のベッドで目を覚ました。  窓から降り注ぐ光が眩しく、瞼を開けようとした瞬間に顔を顰める。逃げるように寝返りを打ち、そのまましばらく動けなかった。  昨夜は何度も目が覚めた。スマホを見るたびに時間は少ししか進んでおらず、そのたびにため息を吐いていたのを覚えている。結局、何時に寝付いたかはわからない。  ようやく体を起こし、階段を下りる。リビングには誰もいなかった。  広い家だった。人が暮らしているというより、綺麗に管理された展示場みたいな静けさがある。  ダイニングへ向かうと、ちょうどハウスキーパーが朝食の準備をしているところだった。 「あ、おはようございます」  政宗に気付いた彼女が頭を下げる。 「おはようございます」  政宗も軽く会釈を返した。  この家には住み込みではないが、平日はほぼ毎日ハウスキーパーが来ている。掃除や洗濯、食事の準備まで請け負っており、政宗が一人暮らしをしたいと思う理由の一つでもあった。テーブルには既に朝食が並べられていた。 「旦那様からお預かりしていた予定表なんですが」  座って食べていると、ハウスキーパーに不意にそう言われた。政宗は顔を上げる。 「父から?」 「はい。本日からしばらく海外へ行かれるそうで」  政宗は瞬きをした。 「海外?」 「スイスです。医療支援事業の関係だとか」  政宗は曖昧に頷く。そういえば先週ぐらいに、そんな話をしていた気がする。聞いていたはずなのに、ほとんど覚えていなかった。 「いつ戻るかって聞いてますか」 「来週末頃だと伺っています」 「そうですか」  それだけ返す。興味がないように聞こえたかもしれない。実際、普段なら興味はなかった。  けれど今だけは違う。政宗はコーヒーの黒い水面を見つめた。  来週末。つまり、しばらく日本にいない。胸の奥でなにかが引っ掛かった。それが安堵なのか焦りなのか、自分でも分からなかった。  今日は休みだった。せっかくならどこかへ出掛けてもいいし、映画でも観に行けば気分転換になるかもしれない。  リビングへ戻った政宗はソファに腰を下ろし、スマートフォンを開く。  映画館のサイトへ行き、上映中の映画を眺める。  一人で映画を観て、帰りにどこかで昼飯を食べて帰る。それだけでも悪くない。友人の弘斗を誘ってもいい。そう思いながら連絡を取ってみる。けれどすぐに既読がついて、連絡が返ってくる。 『悪い、今日は美樹と江ノ島いるわ』  政宗は内心舌打ちした。  弘斗と美樹は高校時代の同級生だ。その時から付き合いを続けていて、時々政宗とも遊んでくれる。けれど今日はそうも行かなかった。  自分にも恋人がいれば、こういう休日も少し違ったのだろうか。  そんなことを考えながら、一人でサイトに戻った政宗は画面をスクロールする。けれど指は止まった。上映スケジュールを見ていたはずなのに、気付けば同じ場所を何度も上下になぞっている。  政宗は眉間を押さえた。スマートフォンを閉じようとして、でもできなかった。  昨夜の父との会話が頭を過ぎる。  商品、資産、処分。  あれは、およそ人に向ける言葉ではなかった。今でも、思い出すだけで頭の奥がぎゅっとする。  けれど父は昔から合理的な人間だった。情は薄いが、少なくとも法を犯すような人ではない。  もしかすると、自分が勝手に深刻に考え過ぎているだけなのかもしれない。  あの男だって、ずっと笑っていた。嫌がっているようには見えなかった。そもそも妹の話だって、本当なのかはわからない。  もしかしたら、あれも客に話すための作り話なのかもしれない。  そこまで考えて、政宗は顔を上げた。  確かめればいいだけだ。  父が違法なことをしていないとわかれば、それで終わる。  あの男が納得してあそこにいて、きちんと報酬を受け取り、自由に外へ出られるのなら、自分が気にする理由はどこにもない。  政宗は車の鍵を手に取った。  政宗が向かったのは父の事務所だった。  最初こそ自宅の父の書斎を漁ってみたが、なにも出てこなかった。とはいえ、それだけで終わったわけではない。彼と彼の妹についての書類がどこにもないはずはない。  もし、あの男がもっと嫌な人間で、利用されていると感じさせないほど図太かったら、政宗はここまで気にしなかっただろう。  だから、政宗にはそれが嘘かもしれないと思う反面、多分本当なんだろうなと思った。信じたいという気持ちと、父への疑いを確かめるために、スーツを着た政宗は父の事務所へ向かう。隣県まで車を飛ばして、政宗は事務所の入っているビルを目指した。  何人かの社員が出入りしている建物を前にして、一瞬中に入ろうか立ち止まる。けれど後ろから別の社員にぶつかられ、慌てて中へと入った。オフィスの中では、フロアで会話をしている社員の複数の話し声がした。  受付まで足を運ぶと、スタッフが「ご用件をおうかがいします」と声を掛ける。 「大路です。えっと……父の事業を見学に来ました」  受付は一瞬戸惑いを見せたが、「少々お待ちください」と言って、政宗をラウンジのソファへ案内してくれた。内線で上とやり取りしている受付スタッフに視線をやりながら待っていると、別のスタッフがやってきて、政宗に関係者パスを渡してくれた。それを首から下げた政宗は、スタッフについていく。 「本日はどちらをご覧になりますか?」 「事業の資料を見せてください。……父のすごさや、あなた方の素晴らしい働ぶりを実感したいんです」  車の中で考えていたそれらしいことを言うと、スタッフが奥へ通してくれる。表向きは、高級会員制サービスの運営会社だ。当たり前だが中には営業、データ担当、経理がいるのだろう。  スタッフが見せたPCの画面には、スパやラウンジの利用率、リピート率、お客様満足度などの項目がある。ここにあいつの妹に関する情報をどうやって見つけるか、政宗は頭を捻る。そうしてあれこれ考えているうち、たくさん並ぶ数字の中で知っている単語を見つける。 「……あの、この、No.3って」  恐る恐るスタッフに聞く。スタッフは「ああ」と言って、にこやかに説明してくれる。 「そちらは我が社が独自で開発した、対話型ヒーリングAIユニット3号です」 「……は?」

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