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第11話 大阪へ

 月曜日になっても、政宗の頭から大阪の病院の住所は離れなかった。休日の間に何度も映画を見ようとしたし、買い物へ出ようとも思った。けれど気が付けば病院のホームページを開いては閉じ、大阪までの経路を調べている。契約書と仕訳明細を何度読み返しても、借金は終わっているのに拘束だけが続いている理由だけは見つからなかった。  それでも、自分にはもう十分だと言い聞かせる。契約は確認した。父も約束だけは守っていたらしい。それ以上踏み込む理由なんてないはずだった。  会社へ着いて仕事を始めても、その考えはたびたび揺らいだ。メールを返し、資料を作り、いつもどおり数字を追っているはずなのに、ふとした拍子に思い浮かぶのはレイの顔だった。妹の話をする時だけ柔らかく笑っていた横顔と、「会いたい」という掠れた声が頭の奥へ浮かび、そのたびに画面へ向けた視線が止まる。  昼休憩のあと、営業部の課長から会議室へ呼ばれた。 「正式決定まではもう少し先だけどな」  そう前置きした課長は、一枚の資料を机へ置く。 「大阪支社への異動だ。向こうの責任者候補として、お前の名前で進めることになりそうだ」  悪い話ではなかった。むしろ以前の自分なら迷わず受けていたはずだ。父から離れられる。家業とも距離を置ける。ようやく自分の人生を歩けると思っていた。  それなのに、大阪という言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは支社でも新しい職場でもなかった。契約書に記されていた病院の住所と、その先で会えるかもしれない誰かの姿だった。 「どうした、大路」  課長に呼ばれ、政宗は我に返る。資料へ向けたままなにも言わなかった政宗が視線を上げると、不思議そうな顔がこちらを見ていた。 「あの……返事を少しだけ待っていただけませんか」  自分でも意外な言葉だった。大阪へ行くこと自体を迷っているわけではない。ただ、このまま東京を離れてしまえば、二度と確かめられない気がした。 「……まあ構わないが、今週中には返事をくれ」 「はい」  課長が席を立とうとした時、政宗はもう一度だけ口を開いた。 「それと……明日、有給をいただけませんか」  会議室を出たあと、政宗はわずかに姿勢を正して背筋を伸ばした。返事を先延ばしにした理由は、自分でももう分かっていた。病院へ行かなければ、この先どこへ異動しても同じ疑問を抱えたままになる。そして、それを知る機会は、父が海外へ出ている今しかない。  もう一度だけ確かめよう。  そう決めた瞬間、不思議なくらい迷いは消えていた。

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