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第19話 遠いところ
高速に乗ってしばらくすると、空はだんだんと暗くなってきた。
「妹に会ったら、なに話せばいい? こっそり遠くから見るだけでもいい? でもやっぱ、ちゃんと挨拶しなきゃだよな。兄ちゃんがもっと稼いでくるから、生活費のことは心配すんなって。……ていうか俺のこと、覚えてるかな。わかるかな。声変わってるし、背だって伸びた」
静かな車の中で、レイは政宗の隣でひたすらそんなことを訥々と語る。さっき、レイには寝ろと言ったばかりだ。けれど興奮で眠れないのだろう。政宗の隣でずっと、さっきから似たようなことを延々と喋っている。三回目を言うかどうか悩んでいる政宗の、ハンドルを握る手に不自然に力が入る。
「……な、進まねぇの?」
レイが顔を覗き込む。はっとして顔を上げると、信号は青になっていた。慌ててアクセルを踏むと、レイの体がシートに押し付けられる。
「なに、お前。もしかして緊張してんの?」
政宗は乾いた唇を舐めた。そうだよ、とぶっきらぼうに返すと、レイはふふんと鼻を鳴らす。
「お前のことも、友達って紹介しなきゃな。あっ、俺の妹、めっちゃ美人だから驚くぞ。写真で見たからな!」
けらけらと笑いながら、レイは政宗の肩をばしばしと叩く。写真、という言葉に政宗は喉のあたりが強ばるのを感じた。
そういえばレイが見ていた写真はなんなんだろう。最近見たお祭りの写真って、なんだ。
政宗は必死で考えたが、思い浮かぶのはどれも嫌な想像ばかりだった。
さらにしばらくすると、レイはすっかり静かになる。
「……夜って暗いのな」
そうぽつりと言ったレイの言葉に、政宗は白い部屋を思い出す。光膜の天井と、床と壁の継ぎ目からほんのり光が漏れ出ている、影が出ないように設計されたあの部屋。あの中に二十四時間、二十年間もいたというのだから信じ難い。
「当たり前だろ」
「当たり前か。……落ち着いて寝れねえ」
「寝ろ」
政宗はそう言い聞かせるが、レイは「やだ」と子供じみた声でそう言うだけだった。
途中でサービスエリアに立ち寄る。レイにトイレの行き方を教え、政宗もトイレを済ませてレイを待つ。やがて、レイが血相を変えて出てきた。
「うわあぁ!」
「どうした」
「流れた!」
「そりゃ流れるだろ」
「あれどこいくんだ」
「知るか」
レイは何度もトイレを振り返った。
サービスエリア内のコンビニに立ち寄り、食べ物を買うことにする。
ふとアイスを見つけたレイが、「なあなあ」と政宗の肩を揺さぶった。
「これ、妹に買ってこうぜ。あいつ、バニラが好きでさ」
「……溶けるだろ」
「ケチ」
レイが唇を尖らせる。ケチとかそういう問題ではないだろ、と言おうとしたが辞めた。
適当に食事を選んでレジへ向かう。レジの横には、病院着の少女の写真が貼られた募金箱が置かれていた。
「……あの子、病院?」
レイが声を潜めて尋ねる。
「ああ」
政宗は短く答えると、レイは政宗の袖をぎゅっと握った。政宗は会計を済ませると、受け取った小銭をそのまま募金箱へ落とした。硬貨がちゃりんちゃりんと音を立てる。レイは募金箱をじっと見つめていたが、やがて、なにも言わず政宗の後を追って店を出た。
車に戻ると、車内はやけに静かだった。レイの腹が鳴る音で、政宗はようやく動いてレイにおにぎりを渡す。受け取ったレイはそのおにぎりを両手でくるくる回転させたあと、政宗の前にすっとそれを差し出した。
「これどうやって開けんの」
コンビニの袋の中をまさぐりながらツナと昆布どっちを食べようか迷っていた政宗は、今しがた取り出したおにぎりを剥いて見せた。
「こうすんの」
するすると包装を剥ぐと、綺麗なおにぎりが現れる。レイは真似しようとして、不器用な手付きで開けた。ぐしゃ、と嫌な音がした。海苔がちぎれて、包装の中に取り残されている。
「下手くそ」
政宗はおにぎりを預かり、剥いてやる。レイは「おお」と感嘆の声を上げた。
はい、と渡すと、レイは目を丸くしたままそっと受け取る。それから政宗の真似をして、三角の頂点にかぶりついた。
「……味がある……!」
「そりゃあるだろ」
「んだこれ、口ん中ひりひりする」
「辛子明太子だぞ」
「こっちはめっちゃすっぱいな」
「梅だぞ」
おにぎりを食べてるだけでも騒がしい。どれだけ耐性がないんだろうか。
腹ごしらえを済ませ、政宗は再び車を走らせる。隣の男は随分大人しくしていた。眠っているのかと思いきや、彼はずっと起きたまま、高速の景色を眺めていた。
「なあ、あとどんぐらいでつく?」
ふと、レイがそう尋ねる。政宗は時計を見て言う。
「五時間ぐらい」
「ふーん。……あいつ、結構遠いところにいんのな」
レイはそうぼんやりと言って、目を細めたのを、政宗は横目で見ていた。
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