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第21話 外の世界

「ついたぞ」  車を降り、人気のない、舗装されていない道を歩く。レイがきょろきょろしながらついてくる。最初は笑っていた顔も、荒涼とした土地に段々と笑顔が曇っていく。  やがて辿りついた墓標の前で、政宗は足を止めた。自然とレイも歩みを止める。  立ち止まった墓石の前で、レイが覗き込むように政宗の前に出る。 「なにこれ?」 「……お前の妹だ」  レイは首を傾げる。 「石に変身した?」 「違う。その下だ」  レイは地面を見下ろす。 「寝てんの?」 「寝てるといえば、寝てる」 「……渚、どこいんの」 「……もういない」  政宗の声に、振り向いたレイの目が言葉を探す。なにかを探すように地面を見下ろしたあと、それから小さく唇を動かす。 「死んだってこと?」  温度のない声だった。 「……ああ」  頷いた政宗の声が震えた。  レイが彼女の墓石の前に、一歩近付く。磨かれていない墓石を指先で優しくなぞる。それから手のひらを、表面にぴったりと付ける。息を吸う音が、政宗にも聞こえた。 「つめたいな」 「うん」 「死んだら、話せねーのな」 「うん」 「つまんねえな」 「ん」 ㅤ政宗はレイの顔を見た。ぴったりと石に手を付けたレイの横顔は、泣いていなかった。  政宗は、事故で亡くなった母の葬式を思い出す。棺の前で、自分は泣いていた。  父は泣いていなかった。母がいなくなっても平気な人間だと思った。母が亡くなったあと、代わりに家政婦が政宗の身の回りの世話をした。その頃からだ。父が機械みたいに見えたのは。  だけどレイが涙を流さないのは、それとは違う気がした。涙を流さないレイを強いと思いかけ、それとも違うと気付く。  政宗はレイの、影の落ちた目元をじっと見つめていた。 「なんかねぇかな」 ㅤレイが辺りでごそごそなにかを探している。目を離さないようにしながら、政宗は墓を掃除する。長いあいだ誰も来ていなかったのか、数年前の花が枯れた状態で、片方の花立てに置かれている。墓誌には妹の戒名と、没年月日。……小学生になってから、間もない。政宗は彫刻された数字の溝を、そっとなぞった。 ㅤある程度片付いたところで、政宗は持ってきた花を供えた。いつのまにかレイがいない。探しに行こうとしたその時、ふと土の匂いがした。戻ってきたレイが政宗の後ろからにゅっと顔を出す。振り向くと、レイの手のひらにいくつかの野花が乗っていた。 「これ、かわいくね?」 ㅤレイが無邪気に言う。政宗は言葉を失う。けれど、「……そうだな」と絞り出すと、レイはふっと笑って墓石の前に置いた。海で拾った、シーグラスも。 「置き方雑だな」 「へへ。……あいつ、こういうの好きだったかな」 ㅤレイが笑いながら、墓に添える。レイが政宗の手を握る。やはり涙は浮かべていない。けれど力強いその手を、政宗は確かに握り返した。 「妹死んだの、いつ?」  政宗は少し迷った。 「……十九年前」  レイは墓石を見る。  風が吹いた。 「じゃあ、あの写真は?」  掠れた声だった。 「祭りのとか」  政宗は目を伏せたまま首を振る。 「……わからない。でも多分、加工だと思う」  レイの唇は閉じたまま、政宗は続けた。 「病院にも行った。施設にも行った。墓も確認した」  返事はない。  静かな目が、墓石の文字を見ている。 「……そっか」  ようやく出てきたのは、それだけだった。絞り出すというよりも靴に入った小石を取り出すような、そんな言い方だった。  レイは怒りも、泣きもしなかった。ただどこか遠くを見るような目で墓石を見つめていた。それが余計に、政宗の胸を苦しくさせた。けれど一番心苦しさを感じているのはレイだとわかっていたから、政宗はただ項垂れることしかできなかった。  ふと、政宗のポケットの中のスマホが震えた。取り出してスマホを見ると、通知の一覧に父親の名前が出ている。新着メッセージが一通。政宗は慌てて開く。 『気は済んだか』  寒気がした。戻ってこいのメッセージだった。  全部、バレている。  政宗がスマホから顔を上げ、レイの横顔に視線をやる。 「これからどうする」 「これからって?」 「戻るか? あの部屋に」  レイは墓を見つめたまま、静かに口にした。 「戻ったらどうなんの」 「……海外行く」 「妹は」 「いない」 「……」 「俺は、止めない」  レイは少し考えるように、妹の眠る墓を見つめた。次いで、土だらけの自分の手を見つめ、その匂いを嗅ぐ。そして振り返り、風にさざめく木々の影に視線を投げる。やがて空を仰ぐ。降り注ぐ太陽の光の下、二人の上で鳥の影が通り過ぎる。見送ったあと、レイはようやく隣に立つ政宗を見る。 「……外、見てえ」  静かにレイが言った。 「お前は?」 「なにが」 「俺が、また戻ったら」  政宗は一瞬考える。戻れば、また戻れる。優しい上司と鬱陶しい同期のいる仕事。新しく用意された役職。それから、普通の未来。  政宗はかぶりを振り、それから低い声で言った。 「……俺は戻らねえ」  レイはにやりと笑った。 「じゃあ、一緒か」 「ああ」  それから二人は無言で車に戻る。ドアを閉める。政宗が墓の方を振り返っていると、横でふと声がした。 「腹減った」 「お前な」 「……なあ」 「なんだ」  シートベルトを締めながら、レイの言葉を待つ。 「お前のとーちゃんさ」 「なに」  政宗は握ったままのシートベルトのざらついた表面を指でなぞる。おもわず爪を立てるとレイが喉を鳴らした。そして視線は前を向く。 「……なんでもない。そんなこえー顔、すんなよ」 ㅤ言いかけたその続きが少し気になったが、レイの言葉で政宗の毛がぞわ、と逆立つような感覚がした。ルームミラーに視線をやる。レイが自分の中になにを見たのか、追う勇気はなかった。レイの言葉も、それきりだった。  そしてエンジンがかかる。政宗はバックミラーを見る。  墓地が小さくなっていく。レイは振り向かなかった。  父からのメッセージで、ダッシュボードに置いた画面が再び光る。政宗は既読をつけないまま、静かに電源を落とした。

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