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第2幕 第3話 眼差し

 翌朝、政宗はまだ眠そうに目をこするレイの肩を軽く叩いた。 「起きろ」 「ん……」  声を掛けると、レイの整った顔がわずかに歪む。布団から半分だけ顔を出したレイが、ぼんやりとこちらを見る。 「出かけるぞ」 「どこ行くんだ?」  掠れた低いレイの声が、だんだんとはっきりする。 「街だ。……外、見たいんだろ」  その一言で、レイの表情がぱっと変わった。  休日の商店街は、案の定人で賑わっていた。レイは信号機も看板も行き交う人も飽きることなく眺めながら歩き、やがてゲームセンターの前で足を止める。 「マサ、あれ」 「入りたいのか」 「うん」  店内を一周すると、レイは黒猫のぬいぐるみが並ぶUFOキャッチャーの前へしゃがみ込んだ。 「これ、欲しい」  百円玉を渡すと、レイは慎重に操作する。けれどアームは見当違いの場所を掴み、そのまま空振りした。 「壊れてる」 「壊れてねぇよ。狙うんだ」  もう一度、さらにもう一度と挑戦するたび、ぬいぐるみは少しずつ動くだけで取れない。財布の小銭が減っていくのを見ながら苦笑していると、七回目でようやく穴の手前まで転がった。 「あっ、惜しい!」  さっきまで真顔だったレイが、子どもみたいに悔しそうな声を上げる。 「あと一回」 「ダメ」 「マサ、お願い」 「ダメ」  目を潤ませてこっちを見られても困る。しばらく黒猫と俺を見比べていたレイは、ようやく諦めたように肩を落とした。 「めんどくせぇ」 「それはこっちの台詞だ」  歩き出そうとして、ふと政宗は一度レイへと振り返る。 「また来ような」  何気なくそう言った途端、名残惜しそうにゲーセンを見ていたレイの視線がゆっくりこちらを向いた。 「また来れんの?」  その問いに、政宗はぱちりと瞬きをした。明日も来週も来年もあることを当たり前と思えなかった人間にとって、「また」という言葉は自分が思っているよりずっと重いのだろう。 「何回でも来れる」  そう答えると、レイは笑って、その場でぴょんぴょんと跳ねた。 「じゃあ次、あれ絶対取る」 「その前に貯金しろ。まずは金の大切さを覚えるところからな」  レイは「へへ」と笑いながら隣へ並ぶ。その横顔を見ていると、取れなかった黒猫よりも、今こうして笑っているレイの方が、ずっと手放したくないものに思えた。  次にレイが足を止めたのは、ゲームセンターの奥に並ぶプリクラ機だった。 「なぁこれ」 「撮りたいのか?」 「うん」  政宗は料金表を見ながら頷いた。 「じゃあ撮るか」  入口へ向かったところで、店員に声をかけられた。 「申し訳ありません。こちら男性のみでのご利用はご遠慮いただいております」 「……ああ、そうですか」  政宗は素直に引き下がる。よく見ると、確かに入口には男性利用禁止の立て看板が置いてあった。 「だって」 「ふーん。じゃあ、しゃーねぇか」  レイも特に気にした様子はなく、政宗と一緒に踵を返した。その時だった。 「あの、す、すみません!」  後ろから女の子たちの声が飛ぶ。振り向くと、高校生くらいの三人組が、お互いの背中を押し合いながら立っていた。 「も、もしよかったら、私たちと一緒に撮りませんか?」  一人が言うと、後ろの二人もうんうんと頷いている。レイが政宗を見る。 「マサ?」  政宗は一瞬だけ女の子たちを見て、ふっと笑いながら首を振った。 「すみません。遠慮しときます」 「あ……ですよね。すみません! い、インステとかやってますか? よかったら、」 「ごめんなさい、こいつ、そういうのやってなくて」  そう言うと、女の子たちは残念そうに、けれどはしゃぎながら去っていった。「綺麗だったね」「モデルかな?」と、口々に言い合う声が小さくなっていく。  少し歩いたところで、レイが首を傾げた。 「なー、なんで断った?」 「知らない人と撮るもんじゃねぇ」 「そうなのか」 「そうだ」  レイは「へぇ」と頷いてから、ぽつりと呟く。 「……あの子たち、俺がなにしてたか知らねぇんだよな」 「そりゃな」 「俺がどんな奴かも知らねぇ」  レイは前を向いたまま、静かに続けた。 「外見がよけりゃ、それでいいのか」  政宗は返事に詰まった。レイの言葉は皮肉でも愚痴でもない。ただ、不思議そうに確かめているだけだった。政宗はしばらく黙って歩き、それからレイの肩を軽く叩く。 「……少なくとも、俺は違う」 「?」 「ほら、次行くぞ」  レイは納得したような、していないような顔で頷き、そのまま政宗の隣へ並んだ。  商店街は相変わらず人の流れが途切れない。家族連れや肩を寄せ合って歩く学生が次々と前を横切り、少し油断すると人波へ押し流されそうになる。  レイは行き交う人を避けつつ右往左往しながら歩いていたが、不意に政宗の服の袖を軽く摘まんだ。 「マサ、はぐれちまう」  政宗は思わず笑う。 「子どもじゃねぇんだから」 「でも、はぐれる」  レイは真面目な顔だった。人混みを見回してから、もう一度政宗を見る。 「さっきも、いなくなるかと思った」  レイはすこし拗ねたように言う。政宗にとってはたった数歩離れただけなのに、レイには十分遠かったのだ。そうして政宗は仕方ないなと息をつくと、レイの前へ手を差し出した。 「ほら」 「いいのか?」 「今日は特別だ」  レイは少しだけ目を丸くしたあと、おそるおそるその手を握る。指先だけだった手は歩き始めるうちに自然と重なり、やがてしっかりと握り返してきた。 「……あったかい」 「手が冷えてるだけだ」 「マサが?」 「お前が」  そう言うと、レイは嬉しそうに笑った。  ゲームセンターを出た時、ふと前方にスーツの男が見えた。それだけならなんてことはない、ただ街中にいる普通のサラリーマンだと思う。けれどふと目が合った気がして、政宗の歩みがつい遅くなる。  けれどすぐに人混みに(かどわか)されて、見失う。見間違いかと思ったが、意識するうちに複数の視線を感じた。それでも接触するような気配は無い。だからこそ不気味だった。 「なーマサ、あれなに?」  隣のレイだけが、呑気にそんなことを聞いてきていた。

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