37 / 43
第3幕 第10話 ビジネスパートナー
◇ ◆ ◇
二か月が過ぎる頃には、肩は日常生活に支障がないほど回復していた。腕を大きく動かせば傷口が鈍く軋むものの、理学療法士からも順調だと言われるようになり、病室で身体を動かす時間も少しずつ増えていく。
父は数日に一度病室を訪れ、そのたびに会社へ戻れと言った。地下でも経営でも情報システムでも構わない、お前には素質があると繰り返すが、政宗の返事は一度も変わらなかった。
「あいつを自由にしろ」
父はやるせなさそうに息を吐く。しばらく政宗を見つめ、それから静かに口を開いた。
「三番なら生きている。居場所も把握している」
政宗はぴくりと指を動かす。
「お前が借りた部屋も、とっくにわかっている」
政宗は黙って父を見返した。驚きはなかった。父なら調べられる。そんなことは最初からわかっていた。
「案外、上手くやっているようだな。買い物にも出る。ゴミも出す。近所の人間とも最低限の会話はしている」
レイの姿が頭に浮かぶ。コンビニの袋を提げ、教えた通りにゴミを分別する姿を思い浮かべるだけで、胸が締め付けられる。
「お前なしでも生きていけそうだな」
父はあっさりと言う。その含みだけで十分だった。政宗を揺さぶるために言っている。そうだとわかっていても、父を睨むのはやめられなかった。
「そう思うなら、なおさら自由にしろ」
初めて父の眉がわずかに動いた。ほんの一瞬だった。だが政宗は見逃さなかった。
「レイはお前の元には戻らない。帰さない」
そう言うと、父は笑った。わずかに上がった口角に、政宗は背筋が粟立つような感覚がした。
「あいつにもう価値はない」
「……は?」
「三番は最高のビジネスパートナーだった」
政宗の表情が固まる。
「容姿も資質も希少性も、すべてが利益へ変わった。替えの利かない存在だった。あれほど利益を生み、最後まで契約を守った人間はいなかった。あれが、私の理想だった」
父の口から語られるその評価には、人間を見る温度がどこにもなかった。
「だが外へ出た以上、もう商品価値はない」
「……」
「知らないことに価値があった。世界を知った時点で、三番は終わった」
政宗はゆっくりと拳を握る。
「私が今欲しいのは、お前の能力だ」
父は最後までなにも変わらない。人としてではなく、利益を生む資産としてしかレイを見ていない。
「戻るなら条件を飲もう」
父は穏やかな口調で続ける。
「お前が私の下へ戻るなら、三番には今後一切関与しない。生活も保証する。情報も消そう」
「……他のナンバーズは、どうした。そいつらの情報も消して、解放しろ。人を、商品みたいに扱うな」
父は黙っていた。やがて静かに口を開く。
「No.1は死亡、No.2は海外へ譲渡済み、No.4は稼働不能、No.5は里親の下にいる」
政宗は絶句した。父のせいで、人生も生活もめちゃくちゃにされた人たち。どこまで本気かわからないが、父の口ぶりはいかにも本気だった。
「っ、なら、海外に売却したNo.2を、買い戻せ」
政宗は噛み付く勢いでそう投げつける。けれど父は静かに首を振る。
「無理だ。譲渡契約は終了している。現在の所有者は海外法人だ。国内法の及ぶ相手ではない。転売されたとも聞く。こちらでも探せなかった」
父は淡々とそう告げる。父の手を持ってしても探せないということがどう言う意味を指すのか、政宗はよくわかっていた。
「それとも、お前が探して買い戻すか?」
政宗はなにも言えなかった。
「それで、どうだ。気は晴れたか」
「……」
「お前にできることはない」
そう言い残して病室を出ていく。ドアが閉まる音を聞きながら、政宗はすう、と息を吐いた。
父がレイ自身に執着している様子がないのは、なんとなくわかっていた。けれどそれだけで安堵できるわけでもなかった。
父は待っている。自分が折れる日を。
だが、それはこちらも同じだ。
ここで焦って暴れてもなにも変わらないことは、二か月という時間が嫌というほど教えてくれた。
だから政宗は毎日決まった時間に体を動かした。肩を動かし、病室へ戻れば脚を鍛え、腹筋を繰り返し、汗が滲むまで身体を追い込む。
腕を振るたび傷口はまだ熱を持ったが、その痛みさえ、今の自分には必要だった。
ともだちにシェアしよう!

