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第4幕 第2話 おそろいの痛み
美容院から帰った夜、ソファへ並んで座っていたレイが前髪を耳へ掛ける。その何気ない仕草を眺めているうちに、政宗の視線は自然と耳元へ向いた。
綺麗な形をした耳朶には、もう穴の痕跡はほとんど残っていない。
「穴、塞がったな」
「ん」
レイは小さく頷くだけだった。
地下にいた頃、服を纏わないレイの体についていた飾装飾品。当たり前のようにピアスを付けていた耳だ。その跡が消えていることに気付くと、ようやく、レイから一つ取り戻せた気がする。
政宗はしばらくその耳を見つめていたが、やがて思い付いたように呟いた。
「俺、ピアス開けるか」
レイが驚いたように振り向く。
「どこ」
「ここ」
政宗が自分の耳の軟骨へ触れると、レイは露骨に顔をしかめた。
「軟骨かよ。あれいてぇぞ」
政宗はその言い草に少し考える。本当に痛いのだろう。それでも気持ちは変わらなかった。
「……いや、いい。開けたい」
その返事を聞いたレイは、すいと目を細め、それからくしゃりと笑った。
「しょうがねえな」
まるで年上みたいな口ぶりで肩を竦める姿がおかしくて、政宗も思わず笑いを返す。
翌日、薬局で買ってきたピアッサーをレイが机へと並べる。その光景を見た瞬間、昨日の言葉が思い付きではなく、本当に開けるのだという実感がようやく湧いてきた。
「俺がマサに開けたい。いい?」
真剣な顔でそう言われ、政宗は黙って椅子へ腰を下ろす。レイは正面へ回り込み、政宗の耳へそっと触れた。位置を確認する指先が、少し震えている。
「マサ、動くなよ」
「動かねえ」
「怖えならやめろよな」
「やめねえ」
政宗はレイの目を見る。
「……お前も、怖いならやめとけ」
レイは一瞬政宗の耳を黙って見つめると、ふと唇を動かした。
「マサ」
返事をしようと口を開いた瞬間だった。
パチン、と乾いた音が耳元で弾ける。
一瞬遅れて熱が走り、鈍い痛みが軟骨へ広がっていく。
「っ……」
思わず息を止めると、レイが政宗の顔を覗き込んできた。
「ほらな、言ったろ」
心配そうな顔を見ていると、痛みよりその表情の方が気になってしまう。
政宗はゆっくりと答えた。
「……たいしたことない。っ、撃たれた時よりマシだ」
「顔色悪いぞ」
「気のせいだ」
少しだけ滲んだ血をレイが指先で拭う。
顔が近い。睫毛まで数えられそうな距離で見つめられているうちに、レイがふふっと笑った。
「マサ、俺とおそろいだな」
レイの屈託のないその笑みに、政宗も微笑みを返した。贖罪でも、自傷のつもりでもない。ただ開けたかった。それだけだった。
「もう片方も開ける?」
レイはもう一つのピアッサーを袋から取り出した。政宗は首を振る。
「一個でいい」
「ふーん。じゃあ、俺も開けようかな」
レイがピアッサーを見つめたまま何気なく呟く。政宗は思わず耳を見た。
「せっかく塞がったのにか」
「いい。開けたい」
レイは迷わず頷いた。そうしてもう一つのピアッサーを政宗の手へ握らせ、椅子へ腰を下ろす。
「マサ、俺にも開けて」
政宗はしばらく動けなかった。けれどレイが頑として動かないのを見るとようやく立ち上がり、レイの横へ回る。
「どこ?」
「ここ」
レイが指差したのは、政宗と同じ場所だった。一瞬躊躇ったのを振り払って、髪をそっと耳へ掛ける。その指先で触れられたレイの肩が、ほんの少しだけ強張った。それでも逃げようとはしない。静かに目を閉じ、政宗を信じるように身を預けている。
「動くなよ」
位置を確かめながらピアッサーを当てると、レイが目を閉じたままひそやかな声で尋ねた。
「……そこ、マサと同じ?」
「ああ」
その返事を聞いたレイは安心したように微笑み、そして頷いた。
「よかった」
その笑顔を見た瞬間、政宗は静かにピアッサーへ指を掛けた。
パチン。
軟骨を貫く感覚がして、政宗は手を離しそうになる。レイは自分の耳ではなく、先に政宗の耳を見た。同じ位置にあるかどうかを確かめるみたいに。
「どう? ちゃんと真っ直ぐ?」
「いっ」
レイの指先が耳に触れた途端、引き攣ったような痛みが走る。
「……悪い」
それから今度は、優しく包み込むように、頬側から触れてくる。その手つきがやたらと生々しくて、政宗は「んん」と思わず唸る。
「痛い?」
「平気」
レイの吐息を感じる。距離が近いと思ったのもつかの間、そのままどちらからともなく唇が重なった。耳だけでなく、体中が熱かった。
キスをしたまま、レイが政宗の服を引っ張る。いつもより力が強い。政宗も引き寄せるように腕を回す。
「……マサ」
「なんだ」
「早く」
せかすような声だった。政宗は少し笑いそうになりながら、レイの後頭部に手を当てる。
「お前な」
「うるさい」
レイが政宗の胸に額を押し付ける。耳の傷がまだじわじわと熱い。たぶん、同じ場所が、同じように熱くなっている。
耳を庇いながらベッドに倒れ込む。すかさずレイが上になる。髪が政宗の頬に触れる。鴉の羽根みたいな黒じゃなくなった髪。少し艶が落ちた、でも柔らかい金髪。
「……見てんの?」
「見てる」
レイが少し目を細める。恥ずかしがっているのか、それとも別のなにかなのか、政宗には判断できなかった。ただ、今のレイの顔は、仕事の顔じゃない。政宗だけが知っている顔だった。
「レイ」
「ん」
「……」
お前が欲しいと、言いかけて言葉に出来なかった。レイが瞬きをする。それからもう一度、キスをする。
理由も覚悟も罪悪感も、この瞬間だけは全部どこかへ行った。ただ熱くて、近くて、お互いの息が混じり合う。それだけだった。
「まさ。マサ……っ」
レイの吐息が上がる。政宗の息も乱れる。声も、体温も、全部混ざって溶けていく。再び唇が触れ合って、噛み付くようなキスをする。
そうして、二人はひとつになる。
やがて、静かになる。天井を見上げるレイの呼吸が、ゆっくりになっていく。
「……なあ、耳、まだ熱い」
「俺もだ」
レイがくすりと笑った。かと思うと、政宗の方に転がってくる。レイの視線を感じる。
「おんなじだな」
「ああ」
レイが政宗の袖を掴む。いつものやつだ。政宗はそれを振りほどかない。
しばらくして、レイの寝息が聞こえてきた。政宗は天井を見上げたまま、目を閉じなかった。
レイにあれだけのことをした男の息子が、レイのそばにいる。
でもレイは「同じだろ」と言った。
……本当に、そうだろうか。
答えはまだ出ない。でも今夜は、それでいい気がした。
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