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6-1 二人で
それからしばらくのあいだ、政宗は仕事を終えると喫茶店へ顔を出し、閉店後の仕込みや帳簿を手伝うようになった。
ある日の閉店後、店内へコーヒーの香りだけが残る中、マスターがカウンター越しに二人を見て静かに口を開く。
「三か月だけ、やってみないか」
政宗とレイは顔を見合わせる。
「店を、ですか」
「うん。二人きりで」
マスターは穏やかに頷いた。
「甘くないし、儲かる仕事でもない。それでも、私はもうそろそろ引退したいんだ」
その口調はどこまでも淡々としていて、店を手放すことへの未練も執着も感じさせなかった。
レイは不思議そうに首を傾げる。
「てか、マスターってなんでこの店やってたの?」
「節税対策」
あまりにもあっさり返ってきた答えに、レイが「えぇ」と素っ頓狂な声を漏らす。政宗は驚かなかった。なんとなくそうじゃないかと思ったからだ。大路ホールディングスのことも、あの地下にまつわる噂も知っている。そこまで知っている人間はそう多くない。内部の人間か、それともあのサービスを利用していた客か。そんな考えが頭をよぎった。
けれど確かめる気にはならなかった。知っていたとしても過去は変わらないし、知らなかったとしても、今ここで二人へ居場所を与えてくれた事実は変わらない。
マスターは相変わらず、コーヒーカップを磨いているだけだった。その眼鏡の奥にある表情は穏やかで、けれどどこからが本音で、どこまで知っているのかも読めなかった。
帰り道、店を出たレイが思い出したように政宗の隣を歩きながら口を開く。
「マスターがな、店の名前も変えていいって」
「へえ」
「なあ、マサ」
レイはにやりと笑う。
「店の名前、二人分にするか。超イケてる名前にしようぜ」
政宗は嫌な予感しかしなかった。
「客いなくなるぞ」
「喫茶百円納豆とか」
「話聞けよ」
「じゃあマサはなにがいいんだよ」
不意にそう聞かれ、政宗は自問する。
店の名前。これから先もずっと残る名前だ。どう言う名前が向いているのか、よくわからない。
「……考えとく」
ようやくそれだけ答えると、レイは満足そうに笑って頷く。
「おう」
その返事を聞きながら歩き出した政宗は、店の看板が掛かる光景をぼんやりと思い浮かべていた。
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