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6-7 誘い
◇ ◆ ◇
昼の営業も終わりに近付いた頃、調理場で洗い物をしていた政宗は、客席から弾んだ笑い声を聞いて顔を上げた。
何事かと思ってフロアを覗くと、レイが若い女性客に囲まれていた。笑顔で話し掛けられ、なにか質問されるたびに首を傾げながら答えている。その様子を見て、そういえばと思い出した。
レイは、その見た目もあってかやたらと人を惹きつける。
地下では商品として見られていたその容姿が、今はただ一人の人間として誰かの目を引いている。それは喜ぶべきことのはずなのに、胸の奥へ小さな棘が刺さったような感覚だけが残った。
営業を終え、店を閉めて家へ帰る。
風呂から上がったレイは髪を拭きながら部屋へ戻ってきた。以前みたいに裸のまま歩き回ることはなくなり、ちゃんと服を着るようになったことに、政宗は今さら気付く。
「お前、俺がいなくても生きていけそうだな」
思わず口をついて出た言葉に、レイがきょとんとした顔で振り返る。
「どういう意味だ、それ」
政宗は視線を合わせられないまま、冗談めかすように肩を竦めた。
「……にしても、やっぱモテるな、レイ」
そう言うと、レイは不思議そうな顔のまま政宗の前へ回り込んでくる。逃げるように少し体をずらしても、また視界の中へ入ってくるものだから、結局目を逸らす意味はなかった。
「でも夜のバーだと、マサ目当ての客もいんじゃん」
「え、そうなのか」
「気付いてなかったのか」
「おう」
あっさり頷くレイを見て、政宗は常連客の連中を思い浮かべる。どの人もピンと来ない。……今度、レイに教えてもらうか。
そのまま話は終わるものだと思っていた。ところがレイはなにか思い出したように「あ」と声を漏らした。
「そういやさ、今度お茶しないかって誘われた」
「え? ……誰に」
反射的にそう聞き返していた。
「今日来てた子」
昼間、レイを囲んで笑っていた女性客の顔が浮かぶ。
「へえ、そう」
なるべくなんでもないように返したつもりだった。
「行ってもいいか?」
「別に。好きにすればいいだろ」
「なんで怒ってんの?」
「なんでも」
怒ってなんかいない。本当だ。けれど口調が、そういうつもりじゃないのに尖ってしまう。
「わり。昨日、あんま眠れなくて。……ごめん」
そう言い訳を並べ立てる。けれど一応事実ではある。ここ最近はずっと、寝付きが悪い。だからそう言って、フォローしたつもりだった。
ところがレイは少し考え込んでから、不思議そうに口を開く。
「なあ、マサも一緒に行かねぇ?」
政宗は思わず固まった。
「なんでだよ」
「なんでって、だって飯食うだけだろ? マサも一緒の方が楽しいじゃん」
レイはなぜだという顔で首を傾げる。その一言で、政宗はようやく気付く。
こいつは本当に、わかっていない。相手がレイだけを誘った意味も、一対一で会うことがどういうことなのかも。
「そういうもんじゃねえよ。その子はお前を誘ったんだ。俺が行ったら失礼だろ」
レイはますます首を傾げた。
「どこがだよ」
レイに聞かれて、政宗はまた言い淀む。
「そういうのは二人で行くもんなんだよ」
「なんで?」
「……デートだから」
政宗はレイを見ないまま、そう言うので限界だった。
「ふーん」
レイはそれ以上なにも言わなかった。布団に潜り込み、部屋の明かりが消える。
静かになった部屋で、天井を見つめながら政宗は目を閉じた。
──デートだから。
自分で言った言葉なのに、胸の奥では靄がかかったようにすっきりしない。レイが誰かと笑っている姿が頭に浮かぶ。映画を観て、飯を食って、お茶して、帰り道を歩いて。でもその隣にいるのは、自分じゃない。
「……はぁ」
小さく息を吐く。なんだこれ。意味がわからない。
レイは自由になった。そしてこれからも、そうあるべきだ。それを望んだのは自分だ。なのに、胸の奥が少しだけ痛かった。
隣を見る。レイはもう寝息を立てていた。その寝顔を見ているうちに、政宗はぐしゃぐしゃと自身の髪を掻き乱す。
「……意味わかんねぇ」
誰に言うでもなく呟いて、目を閉じた。
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