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6-8 かっこよくてかわいい
◇ ◆ ◇
翌日も店は昼前から賑わっていた。ランチのピークが近付くにつれ、店内はコーヒーの香りと食器の触れ合う音で満たされ、レイは出来上がった料理を運び、空いた皿を下げ、注文を覚えながら店の中を何度も行き来していた。
「レイ」
政宗がショーケースからケーキを取り出しながら声を掛ける。
「これ、三番テーブルに持ってって」
「はい」
返事をした瞬間、政宗が目を瞬かせた。はっと息を吸う音がして、目が合う。
「なに」
そう言い返したのもつかの間、そこで自分がなにを口にしたのか気が付いた。またやってしまった。返事だけが昔のまま、喉の奥に張り付いている。レイはすぐに口元を緩めた。
「へへ、わり」
「……そうか」
政宗もそれ以上は触れなかった。ケーキの皿を持ち上げ、客席へ向かう。手元はいつも通りのはずなのに、皿を持つ指先だけが少し震えていた。
「お待たせしましたー」
テーブルへ皿を置くと、ありがとうございます、と笑い声が返ってくる。厨房へ戻ろうとして、ふと耳へ声が入った。
「付き合うとしたら、あの二人どっち?」
「えー、悩む」
女子大学生くらいの四人組が、話している。生まれる言葉はぽんぽんと弾けるポップコーンみたいで気持ちがいい。レイは足を止めるつもりなんてなかったのに、自然と歩幅が遅くなっていた。
「私は眼鏡の人かな」
「あー、わかる。落ち着いてるし優しそう」
「手、綺麗だったよね。スーツ着たら絶対かっこいいタイプじゃん」
思わず振り返る。政宗は厨房から出てきて、レジの対応をしていた。髪も適当に切っているだけで、おしゃれにも興味がなくて、口を開けば売上だの原価だのばかり話している。でも、と思う。眼鏡を掛けていてもわかる。自分なんかより、ずっと普通に女の子へ好かれそうだった。
政宗はレジを打ちながら客と話し込んでは笑っている。真面目で、普段厳しそうな顔つきだからこそ、時々見える笑顔がかわいい。それに、ちゃんとかっこいい。
なにせ以前は猫背気味で、人の顔色をうかがったり空気を読んで動けなかったりしていたのに、いつの間にか逞しくなった。初めて地下で会った時はへっぴり腰で逃げるように後ずさっていたのに、病院から戻って来た時、腹筋がムキムキになっていたのを覚えている。今でも時々筋トレしているのを、レイは知っている。
そんな政宗が、レイにとっては自慢だった。
(長くね?)
注文がくるまで厨房で皿を洗っていると、なかなか政宗が戻ってこないことに気が付いた。少しだけ、不安になる。胸騒ぎのような違和感が走って、昨日のことを思い出す。あんな顔をした政宗を、レイは初めて見た気がした。
『そういうのは二人で行くもんなんだよ、普通』
あの子と遊べ、と言われた。怒っていた。どうしてあんなに怒ったのか、まだわからない。結局、昨日は気まずいまま寝てしまった。政宗と一緒の方が絶対楽しいのにと思った。でもあれは自分の気持ちで、女の子の気持ちとか、政宗の気持ちとか、考えてなかった。じゃああれは俺が悪かったのか、それとも。
そう考えかけたところで手が止まる。
そういえば、前にもあった。老夫婦が政宗を「大路さんところの」と呼んでいた時のことを思い出す。あの広い家も。噴水があって庭があって、なにをする場所なのかもわからなかったあの家。政宗は本当はああいう世界の人なのだと、その時も思った。女の子に好かれて、ちゃんと恋をして、結婚して、子どもができて、普通に暮らして、そういう人生だって、あったはずだった。
スポンジを握る手へ少し力が入る。
(……俺、いない方が)
そこまで考えて、慌てて首を振った。違う、そんなこと考えたって仕方ない。でも一度浮かんだ考えは簡単には消えなかった。上手く言葉にできない。でもどこか間違っているような予感が、頭の中をぐるぐると回り続けた。洗い終わった皿を棚へ戻そうとして、ほんの少しだけ手元が狂う。ガシャ、と少し派手な音が厨房へ響いた。
「レイ?」
政宗の声がした。振り向く。いつの間にレジから戻っていた政宗に気付いて、レイはすぐ笑った。
「大丈夫」
そう答えた声だけが、自分でも少しだけ無理をしているように聞こえた。
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