57 / 74

6-10 アイスクリーム

   ◇ ◆ ◇  店が終わって家に帰ったあと。明日はレイが出かける日だった。準備をするレイに、政宗はもう一度声を掛ける。 「待ち合わせには少し早めに行け。遅れそうなら連絡しろ。それと、食べ方は少し気を付けろ」 「俺、そんな汚ねぇ?」 「口いっぱいに詰め込むだろ。食べるペースは女の子に合わせろ」  レイは少し考えてから、気まずそうに笑う。 「見てたのか」 「見てる」  政宗が当たり前のように返すと、レイは肩を竦めた。 「恋愛ってめんどくせぇな」 「恋愛じゃねぇ。礼儀だ」 「似たようなもんだろ」 「全然ちげぇよ」  コップへ水を注ぎながらそう言うと、レイはしばらく黙って政宗を見つめていた。 「女の子は大事にしろ」 「なんで」 「相手がお前のために時間を作ってくれてるんだから。あと、話はちゃんと聞け。寒かったら上着を貸してやれ」  レイは素直に頷いたあと、不意になにか思いついたような顔をした。 「でもそれ、マサがいつも俺にやってることじゃん」  出し抜けにそう言われて、政宗は面食らう。 「待ち合わせで遅れねぇし、俺の話ちゃんと聞くし、寒かったら上着貸すし」  何気なく並べられた言葉を聞いているうちに、それが全部無意識だったことへ政宗はようやく気付く。 「普通だろ」 「出た、普通」  レイがふっと笑う。 「マサ、普通好きだな」 「俺が好きとかじゃなくて。その方がいいって話だ」  そう返したものの、政宗の胸はどこか落ち着かなかった。  なんで今、そんなことを言う。俺がお前にしてきたことと、明日の話を同じにするな。  そんなことを言われると、自分が今まで当たり前だと思ってやってきたことまで、急に意味が変わってしまう気がした。  政宗はそれ以上その話を続けたくなくて、水を一口飲み込む。  レイはやはりまだ腑に落ちていない顔をしていたが、すぐに微笑を浮かべた。  結局、その日は「時間を守れ」だの「相手の話をちゃんと聞け」だのと思いつく限りのことを伝えたものの、どこまで伝わったのかはよくわからなかった。 「渚ちゃんと出かけたことぐらいはあるだろ」  二人の過去は知らないけれど、女の子は彼女だと思って接した方が間違いはなさそうだ。そう思って言うと、レイはぽりぽりと頬を掻く。 「えー、そんなに出かけた記憶ねぇ。……あでも、二人でデパートは行ったぞ」 「へぇ。買い物?」 「ううん。腹が減って、家に食べるもんなくなってさ。そんで食べ物探しに。フードコートのゴミ箱からハンバーガー拾って、それわけて食べた」 「……え」  政宗は言葉を失った。「デパートへ行ったことがある」という言葉から、自分は勝手に買い物や食事を思い浮かべていた。でもレイにとっては違った。  レイはなんでもないことのように、二十年前のことを話す。 「そんで、アイスも買おうとしたんだけどさ、小銭しか持ってなくて。……渚に、食べさせてあげられなかったんだよなぁ」 「……」 「あ、そうだ。会計は俺が出せばいいんだろ?」 「……あ、ああ」 「へへ。今ならなんでも買えるな、俺」  レイはそう言って自分の手を見つめた。二十年前、小銭を握り締めたレイがどんな気持ちで店に向かって、そしてどう渚に詫びたのか。小銭を数えながら諦めるしかなかった兄妹の姿を思い浮かべた瞬間、政宗の視界はわずかに滲んだ。

ともだちにシェアしよう!