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✦︎6-15 欲望

 レイはしばらくなにも言わなかったが、やがてゆっくりと力を抜き、政宗へ身を預けてくれる。その小さな安堵の息遣いを感じた瞬間、政宗は自分がどれほどこの温もりを手放せなくなっていたのかを、もう否定できなくなっていた。  それでも、以前自分が口にした「縛る」という言葉は、まだ喉の奥に魚の小骨みたいに刺さったままだった。  形のいい唇に口付けをする。レイはすぐに角度を変え、舌を差し入れてくる。奪うように、確かめるように重なる呼吸に、心臓の高鳴りが重なる。 「んっ」  息継ぎのタイミングに合わせて、レイの唇が離れる。そのあと何度か啄むような口付けを交わしたのち、政宗はレイの服を脱がせた。常夜灯の静かな光の中で、均一的な身体が現れる。布団の上で、レイが政宗を見つめている。 「……マサ」  熱っぽい吐息がして、レイの繊細な手が政宗の胸に添えられる。ゆっくりと広げた足に誘われるように、政宗は手を伸ばした。 「あっ」  色めいた声が上がる。レイの熱く濡れた中を手で触れるたび、レイの声は上ずっていく。レイは政宗の肩を強く掴んだ。しがみつくようなその手に、急かされるように政宗の動きが早くなる。政宗は途中で指を抜き、寂しそうにわなないている体に腰を合わせる。 「マサ……っ」  政宗の昂りを、レイの奥まで導いてやる。しばらく、政宗は奥に自身を収めたままじっとしていた。  やがて政宗が動き出す。レイは腰を浮かせ、揺らしてくる。奥を突くたび、艶のある声が漏れる。「まさ、マサ」と繰り返し名前を呼ばれるうちに、やがてレイの締め付けがきつくなる。  レイが欲しい。  そばにいて欲しい。いなくならないで欲しい。言葉にならない欲望が次々と溢れて、政宗の内側を満たしていく。それは愛なのか欲なのか、よくわからない。こんな気持ちを、肯定していいのかすらも。  それでも今はレイと繋がっていたい。繋がって、一つに溶けてしまいたい。多分、それが本音だった。 「レイ、俺、もう……っ」 「っ、いいよ、マサ、出して、俺の中に……」  一度低い呻き声を上げ、政宗はレイの中で達する。それと同時にレイも一際強い声を上げたかと思うと、政宗の腕の中でぶるりと身体を震わせ、それから、熱い体から静かに力が抜けていくのを感じた。  どれくらい時間が経ったのかわからなかった。  荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていき、部屋にはエアコンの微かな音だけが戻ってくる。隣ではレイが仰向けのまま天井を見つめていて、額へ張り付いた前髪を鬱陶しそうに指で払った。 「……大丈夫だったか」  政宗がそう尋ねると、レイは一度だけこちらを見て微笑みを浮かべる。 「おう」  それから少し考え込むように目を伏せると、どこか困ったような顔になった。 「俺、どうだった?」  政宗は意味が分からず眉を寄せる。 「どうって」 「ちゃんとできてた? ……普通にやれてた?」  その問い掛け方に、政宗はなにも返せなかった。レイは気付かないまま、少し照れたように笑う。 「途中でさ、マサはこういう方が好きかな、とか考えてたんだよな。普通ってそういうことなんだろ? 相手が喜ぶことして、嫌われねぇようにして」  その笑い方を見た瞬間、政宗の胸が締め付けられた。柔らかい声も、相手の反応を窺う目も、笑う角度まで、どこか見覚えがある。  地下で妹を救うために身につけた、あの頃のレイだった。 「……レイ」 「ん?」 「俺は客じゃねぇ」  その一言で、レイの笑顔が止まる。 「俺が喜ぶこと、探さなくていい。普通になろうとして、俺に合わせようとしなくていい」  政宗はゆっくり身体を起こし、レイへ向き直った。 「今のお前は仕事してたんじゃない。俺と一緒にいただけだ。俺は、お前が俺の顔色見ながら笑う姿なんか見たくねぇ」  レイは瞬きもせず政宗を見つめていた。  やがて唇を少し噛み、小さく問い返す。 「……合わせなくていいのか」 「ああ」 「普通にならなくても?」  その言葉に、政宗は息を呑んだ。  普通になれと言ってきたのは自分だった。  働けと言って、友達を作れと言って、恋愛だってしてほしいと思ってきた。  その全部を「普通」という言葉で包んできたのも、自分だった。  それなのに今は、合わせるなと言っている。  政宗は喉の奥が詰まるのを感じながら、それでもゆっくり首を横へ振った。 「無理して、変わるな」  レイはしばらく人形のように黙ったのち、おもむろに口を開く。 「……普通じゃなくても?」  政宗は息を呑んだ。 「……ごめん」  レイは目を伏せて笑おうとして、 「俺やっぱ無理だわ。普通になろうって思ったけど、やっぱマサのこと好き」  掠れた声だった。 「だから、ごめん」  しばらく黙っていたレイは、震える指で布団を握りしめる。 「……もし、さ」  一度言葉が途切れる。ぎこちなく開かれた唇が紡ぐ歯切れの悪い言葉に、政宗は「……おう」と小さく返す。 「マサが誰か好きになっても、俺、マサのこと好きでいていいか?」  なにか縋るようなその言葉に、殴られたような衝撃が走った。  好きになってほしい、じゃない。  付き合ってほしい、でもない。  ただ、好きでいることだけ許してほしいと願っている。  その願いが、胸に引っ掛かった。 (……好きになってくれ、じゃねぇのか)  恋をするなら、相手にも振り向いてほしいと願うものだと思っていた。  なのにレイは、自分の気持ちが報われることなんて最初から考えていない。  まるで、好かれる資格なんて最初からないと決めているみたいだった。  それでもそれに対して、なんと言えばわからない。気の利いた言葉も、饒舌な言葉も、今の政宗にはなにひとつない。  ただ、ゆっくりとレイの肩を抱き寄せる。 「……お前は、お前のままでいい」  その言葉しか出てこなかった。  正しい答えはまだ見つからない。  それでも、もう一人で答えを探させたくはなかった。

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