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7-1 RAYとレイ

 翌日の昼過ぎ、昼食を終えた客がゆっくりとコーヒーを飲みながら談笑する時間になり、店内は忙しさよりも穏やかな空気が流れていた。政宗はカウンターの中でカップを磨きながら、注文が入ればすぐ動けるよう客席へ気を配っていた。 「レイくん、ちょっと見て見て」  窓際の席から女性客に呼ばれ、レイが「ん?」と笑いながら近付いていく。  政宗は手を止めないまま、その様子を何気なく目で追った。 「最近この子すっごく人気なんだよ」  女性客が差し出したスマートフォンの画面を見た瞬間、政宗の手から力が抜けそうになる。  黒髪の青年が、柔らかな笑みを浮かべて画面の向こうに立っていた。  電車の電子広告で初めて見かけたときも、思わず見間違えた。  髪色は違う。それでも目元や輪郭、笑ったときの口元まで、レイを知る人間なら誰でも息を呑むくらい似ていた。  あの広告を見た帰り道、自分の勘違いだと思い込もうとした。  けれど、こうして改めて目の前へ突き付けられると、偶然で片付けられるほどの一致には思えなかった。 「うわ、すげぇ。めっちゃ俺に似てんじゃん」  レイは画面を覗き込んで素直に目を輝かせる。 「だよね? 最初見たときレイくん思い出しちゃってさ」 「俺こんなイケメンじゃねぇよ」  照れ臭そうに頭をかきながら笑うレイへ、別の女性客も会話へ加わった。 「でもさ、日本中のイケメンの顔集めたらレイくんになりそう。そういう顔だからじゃない?」 「やめろよ。俺みたいなのどこにでも居るぞ」  肩を揺らして笑うその姿に、女性客たちも「そんなことないって」と笑い返す。  その何気ないやり取りに、悪意は一つもない。  誰も、この青年がレイを元に作られた存在だとは知らない。ただ、似ているから面白い、それだけで笑っている。  だからこそ政宗は、なにも言えずにいた。  女性客が画面を操作すると、黒髪の青年がゆっくりとこちらへ微笑んだ。 『こんにちは』 「ほら、しゃべるんだよ」 「おー、すげぇ」  レイは興味深そうに画面へ顔を近付ける。 「しかも色んな相談に乗ってくれるんだ。愚痴とか、悩みとか。誰かに言いにくいことも」 「……へぇ」  目を細めたレイは、画面の中の黒髪の青年を見つめる。そういうことに興味を持つとは思えなかった政宗にとって、レイの反応は意外だった。なにを考えているんだこいつはと思った矢先、ふと女性客は思い出したように「あ!」と声を上げる。 「あとね……『好きだよ』とか言ってくれるんだよ」 「マジで?」  女性客は嬉しそうに笑いながら画面へ話しかけた。 「RAY、好きって言って」  次の瞬間、黒髪の青年が優しく口を開く。 『好きだよ』  少し冷たくて、甘い声。  その声を聞いた途端、政宗の胸の奥でなにかが軋んだ。  記憶の中にあった、白い部屋で、男の上で「好き、好き」と繰り返し口にしていた、番号で呼ばれていた男。遠い昔のことみたいに頭の奥から迫っては、政宗の息をできなくさせた。  相手に好かれるために笑い方を選び、喜ばれる言葉を探していたあの頃のレイと、画面の中で誰彼構わず「好きだよ」と笑う青年の姿が、頭の中で重なってしまった。 「やめろ」  気付いたときには声が出ていた。  店内が静まり返る。  女性客は驚いたようにスマートフォンを持つ手を止め、レイも目を丸くしたまま政宗を見ていた。  自分でもなにを言ってしまったのか理解した瞬間、全身から熱が引いていく。客もレイも、悪くない。  悪いのは、自分の感情を抑えられなかったことだけだった。 「……す、すみません。大きな声を出して……」  政宗はゆっくりと頭を下げる。 「い、いえ……」  女性客は戸惑いながらスマートフォンを下ろし、さっきまでの笑顔を引っ込めた。  レイは女性客へ「ごめんな、びっくりしたよな」と気遣うように声を掛けてから、困惑した表情のまま政宗へ歩み寄ってくる。 「マサ?」  その声を聞いて顔を上げた政宗は、自分を心配そうに見つめるレイの表情を見た途端、胸の奥がひどく痛んだ。  目の前にいるレイは、自分の意思で笑っている。  それなのに画面の中のRAYは、誰かに望まれるたび笑い、誰かに求められるたび「好きだよ」と答える。  その姿が、ようやく取り戻したはずのレイの過去を、また商品へ引き戻しているようにしか見えなかった。 「……悪い」  それだけ告げると、政宗はそれ以上レイの顔を見続けることができず、逃げるようにカウンターの奥へ視線を落とした。

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