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7-3 俺、バカじゃん

『妹の治療費のために体を売る契約をした』 『普通ですか』  息が止まる。  RAYは少し間を置いてから返答していた。 『一般的とは言えません。しかし、経済的事情や家庭環境などによって、本人の意思に反してそのような選択を強いられる人は存在します』  さらにその下には、レイの短い返事が残っていた。 『他に方法あった?』 『当時の状況を断定することはできませんが、医療機関や行政機関、支援団体などへ相談する選択肢が存在した可能性はあります』  政宗は喉の奥がひどく詰まるのを感じながら、その続きを見つめる。 『普通のやつならそうした?』 『多くの場合、自身を危険へさらす前に周囲へ助けを求めることが勧められます』  しばらく返事はなく、そのあと、ぽつりと一行だけ残されていた。 『じゃあ俺、バカじゃん』  その文字を見た瞬間、胸の奥でなにかがひしゃげた。  違う。  違うだろ。  レイはなにも知らなかった。レイはまだ五歳だった。  助けを求める場所も、誰に助けてもらえばいいかも、教えられていない。子どもなら守られる側でいいことも、なに一つ知らないまま地下で生きてきた。妹を助けたい一心で、手を差し伸べてきた父に縋るしかなかった。  そんな子どもが、「他に方法がありました」と突き付けられたら。あの時のレイの覚悟は。レイの二十年は。一緒に過ごせたはずの時間は。  政宗は画面を握る手へ力が入り過ぎていることにも気付かないまま、さらに下へ指を滑らせた。 『俺、好きな人いる』 『その人のお父さんとも寝た』  その一文を読んだ瞬間、政宗の視線はそこに縫いとめられた。  わかっていた。地下にいたレイがどんな目に遭ってきたのか、政宗は知っていた。それでも、父だけは違うと、どこかで勝手に線を引いていた。  父は地下を作った人間だ。レイを利用して、見て見ぬふりをした人間だ。けれど、自分の手でレイへ触れたとは思っていなかったし、思いたくもなかった。  画面の中には、その続きが静かに並んでいる。 『あれは仕事だった』 『嫌かどうかもわかんなかった』 『ガキだったし』  口の中に血が滲んだ。  父が。  父がレイを。  まだ幼かったレイを。  政宗はその先を最後まで頭の中で続けることができなかった。それをしたら、なにかが終わる気がした。  つと顔を上げると、レイが力なく笑っていたのが見えた。 「わり、ヤなもん見せた」  その声には諦めが混じっていた。  自分の顔を使われ、自分の人生を学習され、自分が地下で覚えた笑い方まで誰かの娯楽へ変えられていることを、静かに受け入れるしかないとでもいうような笑い方だった。  政宗はレイを見つめたまま、掠れた声を絞り出す。 「……なんで、笑うんだよ」  レイは目を伏せる。 「笑自分が素材にされて、誰にでも好きだって言って、それで笑ってるやつ見て、なんとも思わねぇのか」  しばらく黙っていたレイは、小さく息を吐いた。 「なにか思ったら、それでなんか変わんの?」  そして、苦しそうに口元を緩めた。 「でもさ、見れば見るほど俺なんだよ。地下で覚えたことばっかなんだ。笑って、好きって言えば喜ばれて、優しくすればまた呼ばれて……そういう俺が、そのまま画面の中にいる」  レイは自分の手を見つめながら続けた。 「俺、地下から出てきたあと、生まれ変われるって思ってた。でも結局こういう俺しか知らなかったんだなって思って。それでみんな、喜んでくれるんだって……俺も、これならマサにやな思い、させなくていし」  そこでまた笑おうとしたものの、すぐにその笑みは崩れる。  嫌な予感がした。 「だからさ」  ゆっくり顔を上げて首を傾げたレイの目は、不安だけを映していた。 「マサも、こういうやつの方が好き?」  政宗の中で、とうとうなにかが切れた。  レイへ向いた怒りではない。  こんな問いを口にさせた人間への怒りだった。  子どもへ身体を売ることを教え、笑えば妹は生き延びられると教え、好きと言えば金になると教え、未来まで希望という名の餌にして、その人生を奪ったあとも、今度はその人格まで切り売りして金へ変えた男の顔が脳裏へ浮かぶ。  レイは今も、自分より商品になった自分の方が価値があると思わされている。  地下を出ても終わっていなかった。  父はまだレイを壊し続けている。 「……そうか」  政宗は静かに呟いた。その声は驚くほど落ち着いていて、自分でも感情がどこへ消えたのか分からなかった。  ただ頭の奥だけが焼け付くように熱く、そこだけが異様なほど冷静だった。  もう話して分かる相手じゃない。  一度向き合った。それでも、終わらなかった。  レイは今も、自分の人生を「普通かどうか」で裁き続け、自分を「バカだった」と責め続け、商品になった自分と比べている。  全部、あの男が始めたことだった。 「マサ……?」  レイの不安そうな声が、蝋燭の炎みたいに揺れた。  政宗はなにも答えず、静かにスマートフォンをレイへ返すと、そのまま部屋を出て玄関へ向かって歩き始めた。  全部、終わらせる。

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