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6-13 デート
定休日の朝だった。
翌日の仕込みだけ済ませるために店へ出ると、いつもより静かな厨房に包丁の音だけが響く。野菜を切り分け、ソースを仕込み、パンの在庫を確かめてから家へ戻ると、約束の時間が近付いていた。レイは鏡の前で何度も髪を整えている。
「そんなに気になるか」
「だって変じゃねぇ方がいいだろ」
振り返ってそう聞いてくるものだから、政宗は少し離れたところからレイを眺めた。
「……そのままでいい」
「ほんとか?」
「ああ」
安心したように笑うレイを見て、政宗は財布とスマートフォンを持ったかだけ確認する。
「待ち合わせは」
「十分前」
「話は」
「ちゃんと聞く」
「帰る時は」
「連絡する!」
昨日から何度も聞いた言葉を素直に返しながら、レイは靴を履く。扉へ手を掛けたところで一度だけ振り返り、「行ってくる」と笑った。
「ああ。……行ってこい」
扉が閉まり、階段を下りていく足音が少しずつ遠ざかっていく。
政宗はしばらく玄関へ立ったまま、その音が完全に聞こえなくなるまで動けなかった。
夕方になって、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー、腹減ったー」
「おかえり。先に手洗ってこい」
「へーい」
レイは鼻歌まで歌いながら洗面所へ向かっていく。その後ろ姿を見送りながら、政宗は知らないうちに肩へ入っていた力が抜けていくのを感じた。少なくとも、嫌な思いをして帰ってきたわけではなさそうだった。
夕飯を食べ始めても、レイはいつもと変わらない調子で「これうめぇな」とか「風呂上がったらアイス食っていい?」とか聞いてくる。その様子を眺めているうちに、気になって仕方がなかったことがとうとう口をついて出た。
「……どうだった、デートは」
レイが顔を上げる。彼は味噌汁を一口飲んでから、少しだけ考え込んだ。
「楽しかった」
その一言だけで、政宗の箸が止まる。
「映画の話とか、猫の話とかした。ケーキもうまかったし、普通に楽しかった」
「そうか」
「学校生活の話も聞かれたけど、あれは困った」
少し笑ってから、レイは続けた。
「でもさ、なんか違った」
政宗は顔を上げる。
「違った?」
「うん」
レイは自分でもうまく説明できないのか、言葉を探すように茶碗を見つめた。
「話してても、途中からマサのことばっか考えてた」
「……俺?」
「おう。これマサならなんて言うかな、とか。これ好きそうだな、とか。スーパー寄るならあれ買わなきゃ、とか」
政宗は返事ができなかった。
レイは首を傾げる。
「だからかな。楽しかったんだけど、なんか違うなって」
少し考えてから、またぽつりと言う。
「マサとスーパー行く方が楽しい」
思わず政宗は苦笑した。
「比較する相手がおかしいだろ」
「そうか?」
「そうだよ」
レイは「ふーん」とだけ返して、ご飯を口へ運ぶ。
その横顔を見ながら、政宗は胸の奥が少しだけ締め付けられるのを感じていた。
レイは自由になった。
誰と会うかも、誰を好きになるかも、自分で決められる。というか、そうすべきだ。
今日だって、その一歩だったはずだ。なのに、その報告を聞いて安心した自分と、どこか物足りなさそうに「違った」と笑うレイを見て安心してしまった自分がいる。
そんなことを思ってしまう資格なんて、自分にはない。
味噌汁を一口飲み、政宗はその感情ごと飲み込むように息を吐いた。
「……そうか」
それ以上は、なにも聞かなかった。
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