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7-8 約束

 クリスマスイブは、昼の営業だけで店を閉めることにした。テレビを見たレイが「クリスマスって家でチキン食うんだろ」と何日も前から楽しみにしていたので、その一日くらいは優先してもいいかという気持ちになっていた。  営業を終えるとすぐ仕込みに取り掛かる。漬け込んでおいた鶏肉をオーブンに入れ、レイにはフライドポテトを任せた。目を離した隙に何本か焦がされ、「うめぇぞ」「味じゃねぇ」と言い合いながらも、政宗は口に押し込まれた一本を渋々咀嚼した。  ケーキのスポンジも焼き上がる頃には、レイのナッペの手つきが前よりずっと落ち着いていた。最初は絞り袋すらまともに持てなかった姿を思い出して、政宗の口には自然と笑みが浮かんでいた。  やがて閉店後の店のガラスを叩く音がして、弘斗と美樹が紙袋を抱えて顔を出した。四人で料理を並べ、最後にケーキの飾り付けをする。いちごを真ん中に山盛りにしようとするレイを弘斗が慌てて止め、美樹が「一個ずつ、間隔を開けて」と手ほどきする。不格好になりかけたケーキは、四人がかりでどうにか店に並べても遜色のない形に仕上がった。  プレートには、レイの震える手で「メリークリスマス」の文字が書かれた。子供みたいにはしゃぐレイの姿に、政宗は目を奪われていた。 「できた!」  テーブルには照りのいいローストチキンとサラダが並び、湯気を立てるポテトへ真っ先に手を伸ばそうとしたレイは、美樹に「写真撮ってから」と止められる。四人全員が入るよう何度も角度を変えるその横顔を見ながら、二十年前には知らなかったはずの「当たり前」が、少しずつレイの中へ積み重なっていくのを政宗は感じていた。  食事がひと段落すると、政宗は席を立って厨房へ向かった。業務用の冷蔵庫を開けると、さっき飾り付けたあとで冷やしておいたケーキが静かに待っている。崩れないよう慎重に両手で持ち上げて客席へ戻ると、レイが目を輝かせた。 「きた!」 「落ち着け。まだ切ってねぇ」  テーブルの真ん中へ置くと、さっき四人で飾り付けたばかりのいちごが照明を受けて艶やかに光っている。美樹が小さく拍手をすると、それにつられるように弘斗も手を叩き始めた。 「ちゃんとクリスマスっぽいな」 「俺がいちご置いたからな」 「途中まで全部真ん中に積もうとしてたけどな」 「言うなし」  レイがそう言って頬を膨らませるものだから、四人とも思わず笑ってしまう。  政宗は包丁を入れ、一人分ずつ皿へ取り分けていく。切り口を見ながらスポンジの焼き具合を確かめる癖は、店を始めてからすっかり身についてしまったが、今日は出来を確認するより先に、レイが一口食べた時どんな顔をするのかが気になっていた。 「いただきます」  四人同時にフォークを動かす。レイは口へ運んだ瞬間、小さく目を見開いた。 「うま」 「うん。スポンジがふわふわだね〜」  美樹が嬉しそうに笑う。 「クリームも軽いな」  弘斗まで頷くのを見て、政宗はようやく肩の力を抜いた。 「レイ、ナッペ上手くなったな」  もう一度そう言うと、レイは照れくさそうに鼻を擦る。 「へへ」  その笑顔を見ながらケーキを口へ運ぶと、甘さは控えめなのに、不思議なくらい満たされた気持ちになった。  やがて食べ終えた皿を重ね、弘斗と美樹が紙袋を抱えて戻ってくる。 「じゃあ、お待ちかね」 「プレゼント交換!」  その一言でレイが勢いよく身を乗り出した。 「俺、一番これ楽しみにしてたんだよな〜!」 「子どもか」 「子どもみてぇなもんだろ」  弘斗が笑いながら包みをテーブルへ並べる。誰から誰へという決まりもなく、それぞれが自然と渡したい相手へ手を伸ばしていく。  レイは少しだけ緊張した顔で、大きな袋を政宗へ差し出した。 「ほら」 「俺?」 「開けてみ」  包装紙を外して蓋を開けると、中には白い枕が入っていた。  政宗は思わず箱の中とレイの顔を見比べる。 「……枕?」 「おう。マサさ、たまに夜起きてることあるじゃん」  レイはなんでもないようにそう言って笑う。  その言葉を聞いた瞬間、政宗は夜の冷たい空気を思い出した。夜中、ふと目が覚めて水を飲みに行くこともある。眠れないまま天井を見つめている日もある。  それを知っているということは。 「……レイ、それ、お前も起きてるってことだろ」  レイは目を逸らした。 「まあ、たまに」  眠れていたら気付くはずがない。政宗が眠れない夜を知っているということは、その隣でレイも眠れずにいたということだった。  胸の奥が締め付けられる。 「ありがとな」  枕の表面を撫でながらそう言うと、レイは照れたように笑った。 「ちゃんと寝ろよ」 「それ、お前にも返す。……そうだ、これ、交代で使おうぜ。今日は俺、明日はお前。それならどっちもちゃんと寝れるかもしれねぇ」  レイは一瞬きょとんとしたあと、嬉しそうに笑った。 「いいな、それ」  その笑顔を見届けてから、今度は政宗が自分の足元へ置いていた箱を持ち上げる。 「ほら、これ」  レイは包みを破らないよう慎重に開けると、中から真新しいスニーカーが現れた。 「うわ」 「履いてみ」  両手で持ち上げ、いろいろな角度から眺めているレイにそう言うと、レイは頷いて言われるまま足を通した。サイズはぴったりだった。 「すげぇ、歩きやすい」  レイは立ち上がって店の中を何歩か歩き、それから嬉しそうに政宗を見る。 「なんで靴?」  その問いに、政宗は少しだけ考えてから答えた。 「大阪もあるだろ」  レイが静かに頷く。 「渚ちゃんの墓参りも、海も。ゲーセンも、また行こうって約束したし」  一つずつ告げるたびに、レイの表情が少しずつ柔らかくなっていく。 「それだけじゃねぇ。まだ行ってねぇ場所なんて、いくらでもあるだろ」  政宗は自然と笑っていた。レイは箱を抱えたまま、なにも言わなかった。けれど、その瞳だけは少し潤んで見えた。 「……おう」  その返事は小さかったが、どこか約束を大事そうに抱え込むような響きを帯びていた。  政宗はその靴が今日だけの贈り物ではなく、これから先も二人で歩いていくための約束になればいいと、心のどこかで静かに願った。

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