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第2話

――昨日未明、東京都豊島区内の路上で、暴力団組織『白妙組』の組長が拳銃で撃たれ、搬送先の病院で死亡が確認されました。  警視庁では、対立関係にある暴力団『圀安会』の構成員・十条宗一(じゅうじょうそういち)容疑者を殺人および銃刀法違反の容疑で全国に指名手配しました。  十条容疑者は犯行後、使用した拳銃を持ったまま現場から逃走しており、現在も新宿周辺に潜伏しているものと見られ、警視庁は行方を追うとともに、付近の住民に注意を呼びかけています――  テレビのニュースでは、雨の新宿三丁目が映し出されている。ボーイの誰かが 「ここの近くじゃん」 と、指を差した。次の瞬間、犯人の顔が大きく映し出される。  彫りの深い顔立ちと鋭い目つき。下唇を突き出した口元が威圧感を与える。伸び気味の黒髪はところどころ跳ねていて、野性味のある風貌と調和していた。まるで獣が服を着て歩いているみたいだ。  トーマは画面に釘付けになる。怖い人なのに目が離せない。どこか寂しさを感じさせるからだろうか。ほんの少し愛嬌もある。笑ったら意外と可愛いのかもしれない。 「こんな奴が店に来たら嫌だなぁ」 「尻穴にピストルを突っ込まれたりしてな」  ボーイたちの間で笑い声が起こる。その中でトーマだけが取り残されたように口を結んでいた。  男を相手にする仕事なのに、ここにいるボーイたちはトーマを除いて全員が女好きだった。惚れた店のキャバクラ嬢に入れあげて、借金を重ねているボーイもいる。マスター曰く、ゲイでは選り好みして、この仕事は務まらないと言っていた。  女好きなのに好奇心と料金の安さで遊びに来る客もいる。それでいて、乳首を舐めたり尻穴に指を突っ込んだりすると、大げさに感じたりするものだから、本当にノンケなのか疑わしい。それでも本人は女好きだと言い張る。トーマには理解できないことばかりだった。 *  夜の十時を過ぎて、そろそろ最終受付の時間になりそうだった。今日もトーマは、黒松を相手にしただけで一日が終わるかと思っていた。  あれ以来、黒松はしばしば店にやって来てはトーマを指名した。もちろん、指名されている間は先輩になり切らなければいけない。一度、トーマはピロートークの間に尋ねたことがある。 「忘れられない先輩なんですね」 「そう。剣道部の先輩でね。初めてだった……」  黒松はタバコを燻らせながら遠い目をする。 「今は何をしているのでしょうね」 「さぁ……結婚して子どもがいるのではないかな」  トーマは、なんとなく黒松が可哀想になって、本番が終わったのに強く抱き寄せた。黒松は嬉しそうに甘えてくる。 「でも今は、トーマくんがいてくれるから幸せだよ」  こんな自分で幸せになれるなんて。トーマは戸惑いを覚えた。  そんなトーマの回想を打ち消すように、客が来店する。ボーイの一人が小声で「今からかよ」とぼやいた。  ライトがトーマたちを眩しく照らす。少し時間が長い。ボーイ選びに迷っているようだった。消えるなり指名されたのはトーマだった。ローションとコンドームを手に、慌てて廊下に出る。  マスターの隣にいたのは、濃紺の雨合羽を着た男だった。外はまだ雨が降っているのだろう。全身びしょぬれで、垂れた雫が板張りの床を濡らしている。 「七番に案内してあげて」  そう言われて、先に客を通した。続けて入ろうとすると、急にマスターから首根っこを掴まれた。振り返ると怖い目つきをしている。 「いいかい。あんたを見込んで指名したんだからね。変な真似はするんじゃないよ」  何を言われているのか意味が分からず、こくりと頷く。そして、個室に入って客の雨合羽を脱がした。途端に汗と脂が混じった獣臭が広がる。風呂に何日も入っていない時の匂いだ。  トーマは男の顔を見てハッとする。彫りの深い顔立ちと鋭い目つき。跳ねた長髪。テレビで見た指名手配犯そのものだった。今さらマスターの言葉の意味が分かって動揺する。しかし託された以上、取り乱すわけにはいかない。  この十条という男は、こういう店に来るのが初めてなのだろう。突っ立ったままぼんやりしている。トーマより頭一つ大きい上背。トーマは怖い気持ちをこらえて、遠慮がちに声をかけた。 「シャワーを浴びるので服を脱いでいただけますか?」  十条は無言で服を脱ぎ始める。一枚脱ぐたびに獣臭は強くなった。渡される服は手触りがごわごわで、べたべたしている。白いブリーフには大きな黄色い染みができていた。  全裸になった十条にバスタオルを渡し、トーマも服を脱ぐ。そして、シャワールームへと案内した。廊下に出る時は、他の客と顔を合わせないように、周囲を確認するのがルールとなっているが、この時のトーマはいつも以上に慎重になっていた。  十条をシャワールームに入れて一息つく。バスタオルを預かり、スケベ椅子に座らせた。露わになった肉体は、痩せてこそいるものの、しっかりと筋肉がついていた。胸から腕、背中にかけては色鮮やかな彫り物。手を震わせながら、トーマはシャワーの温度を確かめて体にかける。 「髪を洗ってくれないか」 と、十条が頼んできた。髪の毛にお湯をかけて、シャンプーを手に取る。普段は専らボーイたちが使っていて、客に使うのは珍しかった。何日も風呂に入っていないせいか泡立ちが悪い。十条もしきりに痒がっていた。三度洗って、ようやくきれいになる。その時点でトーマはくたくただった。  次は体を洗う。最初は遠慮がちに手のひらで撫でていたが 「もっと強く擦ってくれ」 と言われて、タオルを使う。擦るたびに目に見えて大きな垢がポロポロと落ちた。首から腕、背中、胸、お腹、脚と洗って、残すは股間と尻のみになった。 「ご自分で洗われますか?」 と、トーマは尋ねる。だが、十条は首を横に振り 「洗ってくれ。サービスしてくれるんだろ?」 と言った。股間の一物は、これだけ体に触れたのにだらりとして、亀頭をもたげそうにない。おそらく十条は男に興味が無いのだろう。サービスの意味を測りかねて、トーマは躊躇しながら一物を握った。  こんなに長くて太いのは初めてだった。今まで相手にしたどの客よりも大きい。勝てるのは外国人くらいだろう。しっかりと握って、根元から亀頭まで丁寧に扱き上げた。手のひらに生臭い汚れがべっとりと付く。  トーマは痛いほど自分の一物を屹立させていたが、タオルで隠したままだった。相手は男に興味が無いのに、自分だけ興奮しているのは場違いに感じたから。  十条は目を閉じたままトーマの手の動きに身を任せていたが、次第に一物は硬さを増し、芯が通ったようになった。  本来ならば、この辺りで個室に移動しなければいけない。他の客がシャワーを使うかもしれないからだ。けれども、ここで止めてしまえば、せっかく硬くなった一物は萎えてしまうだろう。トーマは十条の射精が見たかった。  どれくらい時間が経ったのか、その時は急にやってきた。十条は一瞬、体を強張らせたかと思うと 「イく!」 と、一言だけ漏らして絶頂に達した。初めは勢いよく飛んで、トーマの体にかかった。その後も次から次へと精液が白いマグマのように噴き出し、たらたらと零れてゆく。トーマは口に加えて飲み干したくなる衝動をこらえて、ただ見守るしかできなかった。  すべて出し切ったのを見届けて、もう一度シャワーをかける。十条は立ち上がると 「ありがとう。気持ち良かったよ」 と、初めて笑顔を見せた。予想どおりに意外と可愛くて、トーマは胸がきゅんとするのを感じた。  個室に戻ると十条は 「時間まで寝かせてくれ」 とだけ言って、寝床に大の字になってしまった。よほど疲れていたのだろう。すぐに寝息が聞こえてきた。風邪を引かないように毛布をかけてあげる。トーマは邪魔しないように、そっと十条の隣に横たわった。 *  いつのまにかトーマも眠っていたらしい。扉のノックで目を覚ますと、ちょうど十分前だった。十条は気持ち良さそうに眠っている。申し訳なく思いながらも、トーマはその大きな体を揺すった。途端に寝ぼけながらも素早い反応が返ってくる。 「ど、どうした?」 「ご、ごめんなさい。時間なんです。もし、よろしければ延長できますが……」  しかし、十条は遮るように首を横に振った。トーマは残念に思いながらも着替えを促した。  まだ欠伸を繰り返す十条に服を一枚ずつ渡す。せっかく体はきれいになったのに、服は汚れたままだった。 「ごめんなさい。コインランドリーで洗えば良かったですね」  もちろん、そんなサービスは無い。店の外に出ることさえマスターは許してくれなかっただろう。十条もそれを分かっているのか二度目の笑顔を見せた。  最後に雨合羽を着せる。うっかりポケットに触れた時、硬い感触があった。きっと、ここにピストルが入っているのかもしれない。  他の客やボーイがいないのを確かめて、二人で入口へ向かう。トーマは少しだけ共犯者になれたような気分だった。十条は去り際に一瞬、トーマに向き直ると、笑顔を見せて右手を振る。つられてトーマも右手を振り返した。エレベーターが閉まる。そこで初めてトーマは人心地ついたような気がした。 「この客のことは、他のボーイに話しちゃダメだよ」  マスターに言われて、トーマはこくりと頷く。そして 「また来てくれると思いますか?」 と、問い返した。 「さあね」  それだけ言って、マスターは背を向けてしまう。 「さぁ、今日はもう閉店だ。個室を片付けておくれ」  トーマは七番の個室に戻った。まだ十条の匂いが残る寝床に横たわってみる。男らしい獣の匂いに、なぜだが涙があふれてきた。客を思って泣くなんて、トーマにとって初めての経験だった。

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