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第4話

 あれからトーマは、ニュースを見るのが習慣になっていた。昼や夕方、夜に至るまでニュースが流れるたび、画面に釘付けになっていた。そんなトーマを見てボーイたちはクスクスと笑う。今や、あの騒ぎは皆の知るところとなっていた。  まだ十条は捕まっていないらしい。マスターにあんなことを言われて、店には来なくなってしまった。まだ新宿に潜伏しているのか、もう違うところへ行ってしまったのか、トーマが知る術はなかった。 「どうしたの? 具合でも悪いのかい?」  そう聞かれてトーマは我に返る。客として来店していた黒松が心配そうな顔で見上げていた。 「ごめんなさい。ちょっと寝不足で」  そう嘘をつく。まさか十条のことを考えていたとは言えない。ごまかすように自分から唇を重ねた。口の中に広がるタバコの匂いも今では慣れてしまった。 「住み込みなんてやめて部屋を借りればいいのに」  黒松は何も知らずにトーマの頬を撫でる。 「そこまで稼ぎは良くないですから」  トーマは肩をすくめる。実際、日々の食事でさえ不自由しているくらいだ。 「もし、住み込みをやめたくなったら、いつでも言いなさい。いくらでも面倒を見てあげるからね」  結婚しているのに……。トーマは問いかける代わりに、黒松の結婚指輪が輝く左手を強く握った。何かの合図だと思ったのか、今度は黒松から唇を重ねてくる。 「先輩のためなら何でもするよ。だから遠慮なく命令して……」  本気なのか演技なのか分からない言葉。トーマは己を奮い立たせ、二回目の挿入を始めた。 *  いつものように黒松は、帰り際に五千円をくれた。おかげで、その後の買い出しでは好物のメンチカツと、おまけでフライドチキンも買った。久しぶりに、お腹いっぱいになるだろう。  今日も新宿二丁目は雨が降っていた。早く帰ろうと、飲み屋が立ち並ぶ裏道を通り抜けようとする。ふと建物の隙間から腕が伸びてきたかと思うと、トーマは力強く引きずり込まれた。はずみで傘が宙を舞う。  暗がりの奥へと足早に連れ込まれる。先をゆく大きな背中。何が起こっているのか分からず、怖くて声も出せない。トーマはされるがままだった。  どれくらい彷徨っていたのだろう。迷路のような狭い路地を抜け、トーマがたどり着いたのは寺の裏手だった。その時初めて、トーマは自分を連れ去った人物の正体を知る。見覚えのある濃紺の雨合羽。それは十条だった。  十条は本堂の縁下へと潜り込み、まだ呆然としているトーマを手招きした。周りを気にしながら、体を滑らせるように後へ続く。  こんな隠れ場所があったなんて……と、トーマはキョロキョロと視線を泳がせる。それを見て、十条は愉快そうに笑った。 「……やっと会えたな」  そう呟いて、十条はトーマの肩を抱く。懐かしい獣臭が鼻腔をくすぐった。 「最後におまえに会いたかった」 「最後って……」  十条は視線を逸らす。 「もう時間がねぇ。そろそろ捕まるか、撃たれるかってところだ」 「そんな……だったら、逃げなきゃ」  トーマは縋るように十条を見つめる。けれども、横顔はとても穏やかで、どこか諦めているようでもあった。 「逃げるのに疲れた。せめて最後に誰かを抱きてぇと思った。不思議だな。俺は女が好きなのに、おまえの顔しか浮かばなかった」  十条は照れ臭そうに鼻を擦る。トーマは嬉しさのあまり、涙を流していた。ただの行きずりに過ぎないボーイなのに。 「いいだろ? 存分に抱かせてくれよ。思い出にしたいんだ」  断る理由はどこにもない。トーマは大きく頷く。  雨足が強くなり、カーテンのように外と縁下を遮る。まさか、ここに人が隠れているなんて誰も気づかないだろう。  十条は着ているものを次々と無造作に脱ぎ捨てる。トーマも続いて裸になった。間近で見る十条の体はすっかり痩せこけて、骨と皮だけしかない。それは長い逃亡の過酷さを物語っていた。ピストルが、すぐ手の届く場所に置かれる。  トーマは乱暴に抱きしめられた。直に触れる肌がとても熱い。十条は貪るように、トーマの至るところを撫で回した。 「生きた心地がするぜ……」  トーマも十条の体に触れた。初めは指先で遠慮がちに、怒られないと分かると手のひらで撫で回した。 「今だけはおまえに命を預ける。受け止めてくれ」  真剣な眼差しにトーマはこくりと頷く。重なる唇。十条のすべてを受け入れようと熱心に舌を絡めた。  唇が離れると、十条はトーマの顔を股間に近づけ、すっかりいきり立った一物をしゃぶるように促す。悪臭を放つそれを、トーマは躊躇うことなく口いっぱいに頬張った。 「ああ。しゃぶられるなんて久しぶりだな……女より上手いぞ」  十条の腰が自然と動き、喉奥まで亀頭が入ってくる。トーマは何度もえづきながら、必死に頭を動かした。よだれが口の端からこぼれてくる。それでも、十条が自分の体で気持ち良くなっていることに喜びを感じていた。 「入れるぞ。いいよな?」  いたずらっ子のような眼差し。何の準備もできていないが、躊躇する余裕は無かった。十条はトーマの反応を待たず、うつ伏せにして、腰を高々と持ち上げる。  仕事でも、こんな大きいものを入れた経験はない。強いて言えば、一回だけ指名してくれた外国人くらいだろうか。その時だって傷が残り、しばらく軟膏を手放せなかったくらいだ。  先端が宛がわれる。十条が大きく息を吐くのが聞こえた。メリメリと太くて長い一物が入ってくる。トーマの肛門を押し広げるように。  全身に激痛が走り、悲鳴を上げそうになる。トーマは両手で口をふさいだ。たった一度の情事。最後まで十条を気持ち良くさせなければいけない。だって……。 「根元まで入ったぞ。おまえの中、温かいな」  十条は腰を擦りつけ、トーマの中を隅々まで確かめているようだった。けれども、それも束の間。すぐに腰が動かされて、素早く抜き差しされる。ただ自分が気持ち良くなろうとするために。  あの痩せた体のどこにそんなエネルギーが残っていたのか。十条はパンパンと音がするくらい力強く腰を打ちつけた。次第に一物の大きさに慣れたトーマも、両手を口から外して控えめに喘ぐ。  一瞬、十条の動きが止まる。 「まだ、イきたくないよ。このままずっと続けたいよ」  祈りにも似た叫び。裏腹に腰は再び動き出した。 「ダメだ。おまえの中に出すぞ!」  トーマは大きく頷いた。そして、十条が呻き声を上げて、体を投げ出す。息が止まるくらい強く抱きすくめられた。一滴も残さず体の奥へと出し尽くそうとするくらいに。  終わってしまった……。トーマの体は自由になり、太い一物が抜かれる。トーマは自分のシャツで綺麗にした。再び十条と目が合うと、優しく引き寄せられ、口づけを交わした。おそらくこれが本当の最後になるだろう。  どちらからともなく服を着る。まだ、トーマの体には痛みと熱が残っているのに、十条はすっきりと涼しげな顔をしていた。それが寂しい。  トーマは自分のために買ったメンチカツとフライドチキンを十条に差し出した。抱かれている最中に、何度もお腹が鳴る音を聞いたから。 「食べてください……」 「こりゃ有難い。ごちそうじゃないか」  十条はメンチカツを取り出し、美味そうにかぶりついた。いつしか雨足は弱まり、外の景色がはっきりと見えるようになった。 「おまえは早く帰った方がいい。捕まるのは俺だけで十分だ」  どこか突き放すような声。まるで夢の終わりを知らせるようだった。  トーマは名残惜しそうに縁下から抜け出す。最後に一言 「どうか、元気でいてください……」 とだけ告げると、暗がりの中で十条が笑ったような気がした。  記憶を頼りに路地を逆行する。ようやく見慣れた裏道に出ると、トーマの傘が何事も無かったかのように転がっていた。  もう体はずぶ濡れなのに、とめどなくあふれてくる涙を隠すため、トーマは傘を差した。まだ鼻腔に残る十条の匂い。何も伝えられなかった。あなたを愛していると。一緒についていきたいと。ただ、拒まれるのが怖かった。意気地なしの自分を責める。  セドリックに着くと、マスターはずぶ濡れのトーマを見るなり、シャワー室へ連れていった。無理やり裸にして、頭から熱いシャワーを浴びせる。泣きじゃくるトーマを見て、冷たく言い放つ。 「恨むんじゃないよ。これが仕事というものなんだからね」  十条との思い出が排水溝に消えていく。獣のような匂いも、火傷しそうなほどのぬくもりも、強く抱きしめられた跡までも。  トーマは、セドリックに来てから初めて、この仕事を辞めたいと思った。

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