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第5話
――東京都豊島区内で暴力団の組長が射殺された事件で、警視庁は殺人などの容疑で全国に指名手配していた十条宗一容疑者を、新宿区内の路上で逮捕しました 。十条容疑者は、対立する白妙組の組長を拳銃で射殺し、そのまま逃走した疑いが持たれています。
警視庁によりますと、今日午前二時ごろ、新宿二丁目の路上を一人で歩いていた十条容疑者を捜査員が発見、身柄を確保したということです。十条容疑者は衣服のポケットに犯行に使用されたとみられる拳銃を所持しており、調べに対して「間違いありません」と容疑を認めています。警視庁では、組織的な関与も含めて全容の解明を進める方針です――
その日の閉店後、トーマはマスターにセドリックを辞める意向を伝えた。マスターは特に驚きもせず、引き止めもしない。ただ
「他に行く宛はあるのかい」
とだけ尋ねてきた。もちろんトーマには行く宛も帰る家もない。首を横に振るとマスターは短いため息をついた。
「生活に困ったら、またここに来なさい。いつでも雇ってあげるよ」
話はそれで終わり、トーマは個室の一つで横になった。もっと長く続けられると思ったのに、十条を愛してしまった今、金のためとはいえ、他の誰かを抱いたり、抱かれたりすることは出来なくなってしまった。ゲイには、この仕事は務まらない。マスターの言葉の意味がやっと理解できたような気がした。
今ごろ十条は何をしているのだろう。自分と同じく、膝を抱えて蹲っているのだろうか。雨で冷え込む留置場で。少しだけ自分のことを思い出して、せめてもの慰めになってくれたら。そう期待しながら、トーマは目を閉じた。
*
次の日、昼近くになってからトーマは目を覚まし、身支度して荷物をまとめると、セドリックを後にした。マスターはまだ出勤していないし、他のボーイたちとも顔を合さないまま。もう、ここにトーマの居場所は無い。
雑居ビルの外に出ると、久しぶりに空は晴れて、太陽が眩しく輝いていた。思わず目を細めて手をかざす。その時
「トーマくん!」
と、通りの向こうから声をかけられた。視線を向けると黒い車の前にスーツを纏った黒松が立っていた。長い間待っていたのか、足元に踏みつけられたタバコの吸い殻が積もっている。
トーマが凍りついたように立ち尽くしていると、黒松は通りを渡って手首を掴んだ。
「マスターが連絡してくれたんだよ。トーマくんが辞めるって」
その眼差しは訴えかけるようで、トーマが思わず後ずさりするほどだった。
「居ても立ってもいられなかった。君を失うのが怖くて……。仕事中なのに抜け出してきたんだ」
手首を掴む手に力がこもる。
「トーマくんが初めてだった。あんなに優しくしてくれたのは。今ここで諦めたら、一生後悔すると思ったんだ」
道行く人々が二人をチラリと一瞥しては通り過ぎてゆく。トーマは黒松の手を解くべきか逡巡していた。十条に心を奪われた自分にはそんな価値なんて無いのに。
「僕は結婚して子供もいるけど、トーマくんと一緒にいたい。だから僕に付いてきてくれないか?」
もし付いていけば、この人を苦しめてしまうだろう。十条を愛しているのに、黒松を抱くなんて……。
「省吾さん……」
ようやく声を出した時、お腹が盛大に鳴り出した。黒松に聞こえるほど大きく。昨日の夜から何も食べていなかったことを思い出し、トーマは顔を赤らめた。それを見て、黒松は優しい眼差しを向ける。
「お腹が空いているんだね。何か食べに行こう。話はそれからだ」
黒松が車の後部座席のドアを開ける。半ば押し込まれるようにトーマは乗せられてしまった。すぐに黒松も運転席に乗り込み、あっという間に車を走らせる。
「何か食べたいものはあるかい? トーマくんの好きなものでいいよ」
勝利宣言のように弾む声。もうトーマは黒松から逃げられないのだろう。
「……メンチカツが食べたいです」
それだけ言うのがやっとだった。
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