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第7話 新車でランデブー
〈また今度の日曜日お昼に図書館で会いませんか?〉
自宅に着いてからスマホを見れば店長からのメッセージが届いているのだった。東馬に否やがあろうはずもない。
〈本を借りてからランチに行きましょう!! あのファミレスとはまた別の店に案内します!!!〉
ビックリマークだらけのメッセージになってしまうのだった。
月曜日、東馬は正午になるやダッシュで会社を飛び出した。たぬき屋に博多うどんを食べに行ったのだ。店長の顔を見に行ったとも言えるが。
「いらっしゃいませ!」
店内に入るなり声をかけたのはアイドル顔の水田だった。カウンターの奥を見やれば、佐宗店長が揚げ物をしている。右足の怪我が治るまで、なるべく動かないで済むように他の店員が動き回ってくれている、と昨日言っていた。
東馬の顔を認めた真樹は、口元を緩めて視線を寄越した。誘われるように東馬も笑顔で頷いてしまう。それだけで胸が熱くなっている。
ごぼ天うどんを啜ると「ごちそうさまでした!」と容器を返却して店を出る。
ほんの数分、佐宗真樹の顔を見て声を聞いただけで午後のやる気が満ち満ちて来るのだった。
夜間大学は夏休みに入っていた。夕刻、スクールバス乗り場に行っても真樹には会えない。
ならば昼時にたぬき屋に行くしかないと思っての行動だった。日曜日の週一デートもいいけれど、あのイケメンは毎日だって拝みたいのだ。
恋に浮かれているうちに、陽気は猛暑どころか酷暑になっていた。会社では例年のごとくビヤガーデンでの暑気払いが催される。
そこで上司に、
「尾形くんもいよいよ彼女が出来たようだな」
思い切りコンプラ違反の台詞を吐かれる。
「実に喜ばしいことだが少しは残業もしないと、デート代も稼げないぞ」
「ははは」と笑って流すしかない社畜である。
社内では既に恋に浮かれた東馬の姿が目立っているらしい。少しは気をつけなければ。
もし同性愛者とバレたら、どれだけ苛烈な言動を受けるか考えるだに恐ろしい。
夏休みが終わっても、スクールバス停で真樹とあまり親しげに話すのは考えものかも知れない。
他の学生にいらぬ詮索をされればうどん屋の店長としてもまずいだろう。
以前のように無防備に話しかけなくなったのは、むしろ二人の絆が強くなった証かも知れない。
少なくとも東馬はそう思っていた。真樹も自分と同様の感情を抱いてくれていると。
日曜日には約束通り図書館で落ち合って、最初のデートの日に雨のせいでろくに見られなかった城址公園を訪ねたものである。
ちなみに店長はワンルームマンションからバスに乗って図書館まで来たのだった。右足のギプスは薄い包帯に変わったものの、まだ歩く時はひょこひょこ身体が揺れている。それを見るだに胸が痛くなり、マイカーが届いたら毎日でも送迎したいと思うのだった。
本丸広場に行って眼下に夏日に輝く真柴本城の街を見下ろした。東馬はぬかりなく日傘を持参してまた相合傘になったのだ。
まだ足元が心許ない店長に肩を貸して階段を上って、天守の高台に着いても二人は日傘の下で身を寄せ合ったままだった。もし周りに人がいなければ抱き合って口づけを交していたかも知れない。
何故だかツーショットの自撮りはしなかった。ずっと後になって東馬は激しく後悔するのだが、その時は二人の間にスマホなどという野暮な物は介在させたくなかったのだろう。
あの時入りそこねた城址公園の人気のカフェにも行った。並ばずに済むように予約も入れておいた。
ちなみにカフェのメニューはアジアンテイストのカレープレートだった。店長いや真樹は珍しい食材をいちいちスプーンにのせて見ては、おっかなびっくり食べている。
「ひょっとして真樹さんオムライスとかハンバーグとか、わかりやすい料理のが好きじゃない?」
何となく思っていたことだが、図星だったらしく真樹は心なしか恥ずかしそうに頷いている。
「子供ん頃、食べれんかったから。普通のハンバーグとかオムライス、ナポリタンとかがご馳走な気がして」
と照れる顔もまた可愛いのだった。
何度かデートを重ねるうちにわかって来たが、佐宗真樹は今で言うヤングケアラーなのだった。
早くに両親がいなくなり弟や妹の面倒を見て来たという。どういう事情なのかはまだ詳しく聞いていないが、おそらく母親の手作りハンバーグやオムライスなど食べる余裕もなかったのだろう。
他にも真樹の行動には頷ける点が多かった。
あの地震の直後、東馬のメガネを勝手に外して拭いたのもそうだった。幼い弟や妹に対する習性のようなものだったに違いない。
今や食事中に東馬の口元にソースでも付いていれば、すぐに手を伸ばしてナプキンで拭ってくれる。もっともそれは弟妹というより恋人に対する行動……と思いたい。
もしこの男とベッドを共にすれば、どれだけ行き届いた優しさを見せてくれることだろう。などと食事中にあらぬ妄想にふけってしまう東馬である。
八月に入ったばかりの土曜日、いよいよ新車が納品されることになった。いや、東馬がバスでカーディーラーまで受け取りに出向いたのだが。
またしても社員総出の最敬礼で見送られ新車で走り出す。古木のようなブラウンのコンパクトカーである(あまり人が選ばない色のようだった)。ハンドルの動きやブレーキやアクセルの踏み込みにもまだ違和感がある。
やがてそれも自分の意に沿うようになるのだろう。実家の車と違い、クーラーからの風が新品の香りがするのも嬉しかった。
そして今週も日曜日にデートである。
東馬は新車で図書館に出かけた。
初めて助手席に乗せるのは佐宗真樹に決まっている。
心弾ませながら図書館の駐車場に新車を停める。周囲の蝉時雨や強烈な日差しにも気づかばこそ、ブラウンの車の回りを巡って眺めては悦に入る。
真樹を乗せるマイカー!
うかれてスキップまじりに図書館に入る。途端に冷房の空気にひやりと肌を撫でられ、ようやく外が異様に暑かったことに気づくのだった。ほてった全身から汗が吹き出す。
ハンカチで汗をぬぐいながら館内を見て回る。真樹はまだ来ていないようだった。何となく美術や芸術の書棚で本の背表紙を眺めているうちに、夜学に通えばいいのだと思いつく。あるいは土日などに開校する講座でもいい。
真樹のように働きながら学べばいいのだ。会社に勤めながら美術系の学校に通って知識や技術を学ぶのだ。独学などよりはるかに身になるだろうし、依頼されて描く度に感じるニセモノ感も薄れるに違いない。
そうして真樹が好む物を描いてプレゼントしてやろう。
静まり返った図書館の中で一人にやにやするのだった。
それにしても真樹は遅い。
時計を見れば既に三十分以上の遅刻である。珍しいことである。少しでも遅れる時はすぐ連絡を寄越すのに。
今日は朝方おはようの挨拶が来たきり何の連絡もない。にわかに心配になって東馬は足早に図書館を出た。
真樹のマンションに向かう道々、これからは待ち合わせ場所をマンションの駐車場にすればいいのだと思いつく。何も律儀に公共施設を待ち合わせ場所にすることもない。
それにあそこなら車内で密かに手を握ったりキスしたり出来るかも知れない。
心配をしているわりにおめでたい考えばかり浮かぶのは新車効果なのだろうか。
そうしてファーストキスの場所である地下駐車場に新車を停めて、エレベーターで上階に上ったのだ。
佐宗真樹の部屋は5階の506号室と聞いていた。
エレベーターに乗って5階で降りて、外廊下を歩き出した時だった。
まるで猛獣の雄叫びのような声が響いた。いや、上に昇って来る時も何やら外で物音や喚き声が聞こえたが、発生源が5階の廊下とは思わなかった。
見れば廊下の先で男二人が怒鳴り合いながら争っている。まるで熱帯雨林に暴風雨が吹きすさんでいるような暑苦しい風景である。
「知らんはずなか! ウソつきなんな! ほんなこつば言え!」
「やけん言いよろう! 知らん! ウソじゃなか! やめれ!」
佐宗真樹が男と揉み合っていた。
気づいた途端に東馬は駆け出していた。
がっちり短躯のカニのような顔をした中年男が、真樹の襟首を締め付けて廊下の手摺に押し付けている。真樹の上半身を虚空に押し出さんばかりである。
ここは5階なのだ。外に身を投げ出されれば命はない。
東馬は突進するなり、中年男に押さえつけられている真樹の身体に抱きついた。
自分と真樹の二人分の体重で男を廊下の壁にはじき飛ばす。共に勢い余って床に倒れ込んだ。
「何やってんですか!?」
信じられない程の大音声で男を怒鳴りつける。
壁に張り付いた中年男、もつれて床に倒れ込んでいる真樹と東馬。
「何だおまえは!?」
男は足を振り上げて床にある身体を蹴りつけた。「うぐ」と嫌な音を喉から出したのは真樹である。身を丸めて苦悶に震える真樹の顔を見た途端に、
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ!!」
東馬はこれまで言ったことのない罵声を浴びせて、男の足にしがみついていた。そのまま身体を引き倒したかったのに、暴力沙汰には縁のない育ちである。逆に男から顔といわず身体といわず散々に蹴りつけられる。
何だよこれは? 一体何なんだよ!?
もはや戦う気力もなく両手で頭を抱えて中年男の攻撃から逃げようとするばかりである。
ふと男が足蹴にする力が弱まったかと思えば、東馬は何か熱い物にその身を覆われているのだった。それは全身で抱き付くようにしている真樹だった。
それじゃ意味ないだろう。自分こそ真樹を守るために来たのに……と、身を起こそうとした時、耳に入ったのはパトカーのサイレンの音だった。
遠くから近づいて来たパトカーがやがてサイレンの音をマンション下に響かせて停車したのだった。
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