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第11話 異邦人
尾形東馬が初めてルーブル美術館に足を踏み入れたのは朝9時だった。開館と同時に突入し閉館の18時までずっと館内にいたのだ。
三十路も過ぎた身にはハード過ぎる美術鑑賞だった。
十日間のフランス旅行はモンサンミッシェル、リヨン、ニース、ストラスブールとめぼしい観光地を巡って最終地がパリなのだった。
日本の暦なら文月、七月の旅である。地球の夏は今やどこでも酷暑なのだった。
時差ぼけの中年男が酷暑の街を歩き回るのはなかなかの苦行だった。
案内役の若い美術商は構わず早足で歩いて行くのだ。フランス語の出来ない東馬は迷子を怖れて必死で追いかけたものだった。
結果、最大の目的地であるはずのルーブル美術館に辿り着く頃には疲労困憊の体だった。そんな身体と裏腹に心は貪欲限りなく館内を隈なく見ずにはいられなかった。
スケッチをとっては歩き回り、終日いてもまだ古代文明の領域から出られずにヨーロッパ絵画に辿り着かないのだった。
「画家なのに、フランスに行ったことがないんですか?」
という棚橋商会の三田村礼央 の驚きから始まった旅である。
「海外旅行はハワイとか台湾とか……ヨーロッパ方面はあんまり……」
東馬は悪事を見つかったかのように口ごもったものである。
東馬にはずっと美術や絵画に近づくことに、そこはかとない罪悪感があった。美大進学を否定されて経済学部の大学に進んだせいかも知れない。会社勤めの合間にこそこそと絵描きのアルバイトをしているだけだった。
そんな頃に出会ったのが佐宗真樹である。
そして別れた……と言うか一方的に去られた。
十二年前の八月である。
「それって、干支が一回りしてますね」
また三田村は古臭いことを言う。東馬よりそれこそ干支一回りは年下なのに。
佐宗真樹の行方は知れず、もう二度と会えない。
思い知った東馬は翌年いきなり進路を変えていた。会社を辞めたのだ。そして都内の美術学校に入学した。
実家も出て都内の賃貸アパートに移り住んだ。アルバイトをしながら貯金を食いつぶして絵を描き続けた。
個展を開き、美術展に出品し、雑誌の挿絵を描き、絵本を出版し……何とか絵だけで生活出来るようになった。
そうして美術商の棚橋商会と知り合い、売り出してもらえるようにもなった。
ちなみに父の蕎麦打ちに対する情熱は、東馬の独立と共に薄れて行ったようである。夫婦二人で毎週素人の手打ち蕎麦を消費するのもきつかったのだろう。
じきに妹が結婚して女の子が生まれたものだから、孫娘フィーバーが訪れたわけである。特筆すべきはその妹の亭主が以前北海道から連れて来た彼氏ではなかったことである。
彼氏と別れてすぐにつきあった男と子供が出来たから結婚をしたらしい。その時生まれた娘も今や小学五年生である。
妹の結婚出産のどさくさ紛れに東馬も同性愛のカミングアウトをしてしまい、何やかんやで親戚も知る公然の秘密になっていた。
ともあれ、東馬が無事に絵筆一本で食べていけるようになったのも、元はと言えば向学心ハンパない佐宗店長に感化されたからである。
あれ以降、うどん屋を見れば食べに入っては佐宗真樹がいないか探したりしたが、やがて新たな恋人を見つけたり別れたりして殆ど忘れかけていた。
画家、尾形東馬を見出してくれたのは棚橋商会の老マダムだった。昨年引退して、代わりに担当になったのが年若い三田村である。
フランスの得意先への挨拶回りの出張に東馬も同行させてもらえたのは、
「先生! 画家ならルーブルぐらい行かなきゃダメでしょう」
という三田村の発言による。
それで会社から旅費を分捕ってくれた事には感謝せずにはいられない。
フランス語の堪能な三田村のお陰で旅も快適だった。昼間、三田村は少しばかり仕事に出かけるだけで東馬の観光につきあってくれたのだ。実は訪問先の顧客がバカンスでことごとく会えなかった間抜けさ故だが、助かったことは事実である。
今や東馬の性的指向は美術商にも知られている。サラリーマン時代に怖れたような異端扱いはこの世界にはないようだった。
「先生には忘れられない恋ってありますか?」
ホテルのバーで三田村が興味津々で尋ねるのは、同性愛者の恋愛事情が珍しかったのかも知れない。
だが、東馬に華麗な恋愛遍歴などあるはずもない。
唯一の夢のような恋愛が佐宗真樹との交際だったが、三十路も過ぎれば記憶の泥濘に深く沈んでいた。
なのに好奇心丸出しの三田村に問われるにつれ、心の表面にくっきりと浮き上がって来るのだった。
そして懐かしさのあまり全て話してしまったのだ。
年若い美術商は赤ワインを呑みながら言ったものである。
「じゃあ、エッチなしの清い恋だったんですね?」
って、その言い方自体が清くない!
なのに東馬もしみじみと店長の容貌を思い出している。
「実にイケメンだったな。一度も描かなかった。彼の精悍な横顔はとても絵筆なんかじゃ表しきれない」
「写真とか撮らなかったんですか?」
問われて東馬自身も首をかしげた。そんな気には一度もなれなかった。ただ自分の瞳にその姿を焼き付けるのが精一杯だった。スマホごときで撮影するなど彼を冒涜するようにさえ思えた。
フランス旅行もパリを最後に帰国の途に就く。出発は明日の夜便なので、昼間はまたルーブル美術館に入り浸るつもりだった。
よろめくようにして日本人街とも言うべきサンタンヌ通りに辿り着くと、東馬は目についた店に飛び込んだ。何しろ朝ホテルで食べた切り美術館に籠っていたのだ。空腹も極まっていた。
暖簾が下がっているのはラーメン屋かと思えば、店内の食券販売機にはうどんの写真が並んでいるのだった。
日本食なら何でもいい。文字は読めないが写真を頼りに食券を買うと、
「イラッシャイマセ。コチラ、ドウゾ」
赤毛の店員がカタコトの日本語で勧める席にへたり込んだ。
夕食の時間帯である。狭い店内は殆ど満席だった。東馬が案内されたのが最後の空席だったらしい。カウンター席の隅っこだった。
しかし麺類の店は客の回転が早いのが常である。そう待つこともなく、
「お待たせしました」
赤毛の店員より確実に日本語らしい抑揚の店員が盆に丼をのせて運んで来るのだった。
東馬は物も言わずに割り箸を割って、うどんを啜りつゆを飲んだ。
懐かしい味だった。黄金色の出汁と柔らかい麺の取り合わせが疲れた心身を癒してくれる。
あっという間に汁の一滴も残さずに丼を空けてしまった。
「明日ではなかったんですか?」
気がつくと、先程の店員がまだ傍らにいるのだった。
見上げると白い上っ張りに白い前掛けを着けた日本人だった。
短く刈った黒髪の中に少しばかり白いものがある。精悍な眉とその下の瞳、通った鼻筋を見て東馬は口を開けたまま何も言えなくなっていた。
「尾形東馬先生ですよね。棚橋商会の方と明日いらっしゃると伺いましたが……」
微笑んだ目尻に白くかすかに残っているのは、あの時の傷跡ではないのか?
傍らの男と手元をおろおろと見比べて、東馬は盆の箸袋に〝UDON SASO うどん佐宗〟と記されているのに初めて気がついた。
日本語の墨文字は東馬の知っている筆跡だった。
あの後、何度も何度も読み返した最初で最後の直筆の手紙と同じ文字である。
「何……何でこんな所に……何でいるんだ!? 生きていたのかよ!!」
東馬は唐突に店内に響くような大声を上げていた。
先程までの疲労はどこへやら、仁王立ちになって佐宗真樹を睨み付けている。何なら胸倉をつかまんばかりの勢いだった。
ひょろりと背の高い赤毛の店員が、剣呑な顔でやって来た。真樹の前に立ちはだかってフランス語で東馬に向かって何やら厳しい声を上げている。
真樹が笑いながら同じ言語で赤毛の店員を退けた。
そして東馬に向かって深々と頭を下げた。
「お久しぶりです」
以前より少しばかり年を重ねた佐宗真樹の背後の壁には何枚かの小さな額が飾られていた。
きりん、パンダにゾウ。東馬が描いた油絵だった。
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