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第3話 白い犬と白い羊

 次の日、オフィスは大体の人が二日酔いだった。  こうなるなら平日に飲み会なんかやらなければ良いのに。  亮はだるそうに頭を抱える面々を見ながら、コーヒーメーカーからコーヒーを注いでいる牧野を観察した。  昨日は、タクシーに乗った後も、ずっと牧野の枕になっていた。  牧野の家の前で、亮くんも上がる?と聞かれ、断りの言葉を引っ張り出すのに苦労した。  声が裏返って、運転手が笑いを堪えていたほどだ。  牧野に二日酔いはなさそうだが、あくびを噛み殺している。  コーヒーにスティックシュガーを何本も入れ、ミルクも足していた。  そして、亮の隣の席へ戻ってくる。 「あまり眠れなかったんですか?」 「なんか、楽しくなっちゃたから、人呼んじゃったの」 「あの後ですか?」  深夜ではなかったが、もう風呂に入って眠るような時間だったはずだ。  そんな時間から遊びに来る友達がいるのかと、亮は牧野の意外性を見た。 「うん。亮くんも来ればよかったのに」 「い、いや……」  行きたい気持ちは山ほどあったが、理性を持たせられる自信はなかったから、頑張ってタクシーの扉を閉めたのだ。  そんな気持ちを知るはずもない牧野に、弄ばないでほしいと勝手なことを思った。  牧野の手元を見ると、黒いマグカップが握られている。  それにはわかりやすいように白い犬が描かれていた。 「牧野さん、それ俺のです」 「あれ?あ、ごめんね。亮くんのこと考えてたから、間違えちゃった。これ飲む?」 「……んっ!?……」  間違えた  亮くんのことを考えていたから  亮にとってのパワーワードで殴られ、亮は顔を手で覆って背けた。 「亮くん?ごめんね?」  不安そうな声が聞こえて、亮は視線を牧野に戻す。 「いえ、使ってください。俺のマグカップ」  そう少し自慢気に言って、亮はパソコンのメール画面に向き直った。  今日は仕事が捗りそうだ。  昼休み、亮は俄然やる気のままパソコンに齧り付いている。  そこへ、ポンと手元におにぎりとパンが置かれた。  顔を上げたら、牧野が笑っている。 「休憩したら?これは昨日のお礼ね」  昆布のおにぎりに、メロンパン。  牧野のチョイスは甘い系だ。  牧野のふわりとした笑顔も追加で甘い。  亮はじんわりと胸が暖かく締め付けられ、おにぎりとパンを抱きしめた。 「ありがとうございます。大事に食べます」 「いいよ~、一緒に食べよう」  牧野はコーヒーを淹れてくれた。  相変わらず、亮のマグカップは牧野が使っている。  自分のマグカップに牧野が口を付けているのを見て、ゴクリと唾を飲む。  牧野の不思議そうな視線を感じて、慌てておにぎりに齧り付いた。 「ふあっ……僕、ちょっと寝るね……」  食事を終え、牧野は椅子の背もたれに体を預けた。  目を瞑ってしばらくすると、規則的な寝息が聞こえてくる。  どんな体勢でも寝られるのか?  電車とかすぐ寝ちゃいそうだな。  亮は、行きも帰りも電車内で寝ているのかと牧野の通勤を想像する。 「んっ……ぅ……」  小さく唸った牧野が、体を動かして背もたれから落ちてきた。  慌てて亮が肩を寄せると、見事にスポリと頭が乗って、安心したかのような寝息が続いた。  牧野の寝息が、亮の首元にかかる。  無防備に寝顔を晒し、体を預けてくる。  これはダメだ!  通勤電車で隣の人にこんな事!!  亮は急に誰かもわからない、牧野の隣に座った人に殺意が沸く。  少し思考を落ち着かせようと、牧野が入れてくれたコーヒーを口元に持っていき、気がついた。  白いマグカップに、白い羊が描かれているのは、牧野のマグカップだ。  口を付ける前に、手が止まる。  肩に乗るふわふわの頭をチラ見して、ゆっくりと唇にマグカップの縁を付けた。  コーヒーの味なんてわかるわけがない。

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