9 / 10
第9話 僕、多分好きになっちゃった
「出張、お疲れ様。無事か?」
部長の労いに、亮は泣きそうな顔で笑った。
報告書はしっかりと作ったが、それを渡す手は震えている。
「やっぱり、ヤられたか」
「え?」
「牧野には気をつけろと言っただろ」
「いえ、きっとやらかしたのは俺です。酔って、牧野さんを汚したかもしれません。全く目を合わせてくれないんです」
「はっ?!」
部長の声に合わせて、営業部の面々に視線も集まった。
亮は、自分の行いを懺悔する。
正確には覚えていないので推測ではあるが、牧野が目を合わせてくれないのは真実だ。
「わ、わかった。とりあえず鼻をかめ」
「ずみばぜん……」
部長は出張中の夜の話を聞いて、亮にティッシュを差し出す。
しかし、首を捻っている。
牧野は今、トイレにでも行っているのか、離席中だ。
部長は不思議そうな顔をしながら、盛大に鼻をかむ亮に、近づいてくる。
亮が顔を上げると、部長は背中から亮を抱きしめた。
「えっ?えっ?なんですか?」
「いや、体は大丈夫かと思って……腰や、尻は……」
「な、なんですか?!ちょっと!変なとこ……あっ……」
「部長、セクハラですよ~?」
亮を撫で回す部長の手を牧野が掴んだ。
「いや、そういうつもりでは……」
「セクハラをする人はみんなそう言うんです。ね、亮くん。やめてって言わなくちゃ」
牧野は、普段の雰囲気からは信じられないほどの鋭い眼光を放っていた。
空手の試合で対峙したら一瞬で怯むだろうと、亮は背筋に冷や汗をかく。
「は、はい……すいません……」
ニコリと笑ってから、部長の手を離し、牧野はデスクへと戻っていった。
その背中から、ふわりと苦味のある煙の香りがした。
タバコ、吸うんだ……。
それから数日、営業部のメンバーからは不思議な顔をされ、牧野からはタバコの香りがし続けていた。
なんとなく鼻につく香りが漂ってくるところから、牧野までの間に亮は入り込むことができず、デスクの椅子はいつもより距離ができていた。
昼寝をする牧野に肩も貸すことができない。
営業部内には、牧野の可愛い天然が見られなくなり、なんとなく空気が重い。
その日は、夕方から雨の予報だった。
亮は少しだけ残業をした。
オフィスには誰もおらず、作業を終えパソコンの電源を落とすと、さらに静かになった。
外は雨が降っているようだが、雨音は聞こえない。
会社の出口のエントランスを抜ける時、車寄せに牧野がいた。
ポツンと置かれた灰皿の横で、タバコを吸っている。
「牧野さん、お疲れ様です」
声をかければ、はにかみながら目を逸らして、お疲れ様と返してくれる。
嫌われたわけではなさそうだが、確実に自分が何かをやらかしたのだろう。
牧野に聞いてもなんでもないとしか言われなかったが、亮は申し訳なさでいっぱいだった。
「ねぇ、亮くん」
「あっ、はい!」
気付けば牧野は隣にいた。
ツンとしたタバコの匂いがして、思わず顔を顰めてしまった。
「あ、亮くんタバコ嫌い?」
「あ、いえ、少し……匂いが……」
「そっか。ごめんね。それならやめようかな、タバコ」
「え?」
「あのね、僕、多分亮くんのこと好きになっちゃった」
ホテルの部屋を同室にしたのはわざとだった。
亮くんは可愛いから、仲良くなれるかなって思った。
営業部の人たちとも、そうやって仲良くなれたから。
みんな、素直に可愛く鳴いてくれた。
それが、牧野の交流方法だ。
そうすれば、遊びたい時に来てくれるし、自分も相手も気持ちが良い。
一番簡単に仲良くなれる方法だと思っていた。
でも、亮くんにはその方法が取れなかった。
普段の亮の顔を思い出したら、なぜだか手が止まってしまったのだ。
それから、日常に戻っても、遊ぶ気になれなかった。
亮を思い出すと裏切っている気分になって、牧野は誰とも関係を持てなかった。
タバコを吸うと、気持ちが落ち着いたから、タバコを吸いながら考えた。
亮くんを裏切りたくない。
亮くんに好きでいてほしい。
亮くんを抱きしめたい。
亮くんは他の人に触らせたくない。
亮くんにキスをして、そして抱きたい。
あれ?
これって、
好きってこと?
そう牧野が気づいた時、雨音と一緒に亮の声が聞こえた。
ちょっと恥ずかしかった。
でも、どうしても言いたくなったんだ。
「亮くん、僕の恋人になってくれない?」
驚いた亮の顔が泣きながら笑った。
ともだちにシェアしよう!

