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第9話 僕、多分好きになっちゃった

「出張、お疲れ様。無事か?」  部長の労いに、亮は泣きそうな顔で笑った。  報告書はしっかりと作ったが、それを渡す手は震えている。 「やっぱり、ヤられたか」 「え?」 「牧野には気をつけろと言っただろ」 「いえ、きっとやらかしたのは俺です。酔って、牧野さんを汚したかもしれません。全く目を合わせてくれないんです」 「はっ?!」  部長の声に合わせて、営業部の面々に視線も集まった。  亮は、自分の行いを懺悔する。  正確には覚えていないので推測ではあるが、牧野が目を合わせてくれないのは真実だ。 「わ、わかった。とりあえず鼻をかめ」 「ずみばぜん……」  部長は出張中の夜の話を聞いて、亮にティッシュを差し出す。  しかし、首を捻っている。  牧野は今、トイレにでも行っているのか、離席中だ。  部長は不思議そうな顔をしながら、盛大に鼻をかむ亮に、近づいてくる。  亮が顔を上げると、部長は背中から亮を抱きしめた。 「えっ?えっ?なんですか?」 「いや、体は大丈夫かと思って……腰や、尻は……」 「な、なんですか?!ちょっと!変なとこ……あっ……」 「部長、セクハラですよ~?」  亮を撫で回す部長の手を牧野が掴んだ。 「いや、そういうつもりでは……」 「セクハラをする人はみんなそう言うんです。ね、亮くん。やめてって言わなくちゃ」  牧野は、普段の雰囲気からは信じられないほどの鋭い眼光を放っていた。  空手の試合で対峙したら一瞬で怯むだろうと、亮は背筋に冷や汗をかく。 「は、はい……すいません……」  ニコリと笑ってから、部長の手を離し、牧野はデスクへと戻っていった。  その背中から、ふわりと苦味のある煙の香りがした。  タバコ、吸うんだ……。  それから数日、営業部のメンバーからは不思議な顔をされ、牧野からはタバコの香りがし続けていた。  なんとなく鼻につく香りが漂ってくるところから、牧野までの間に亮は入り込むことができず、デスクの椅子はいつもより距離ができていた。  昼寝をする牧野に肩も貸すことができない。  営業部内には、牧野の可愛い天然が見られなくなり、なんとなく空気が重い。  その日は、夕方から雨の予報だった。  亮は少しだけ残業をした。  オフィスには誰もおらず、作業を終えパソコンの電源を落とすと、さらに静かになった。  外は雨が降っているようだが、雨音は聞こえない。  会社の出口のエントランスを抜ける時、車寄せに牧野がいた。  ポツンと置かれた灰皿の横で、タバコを吸っている。 「牧野さん、お疲れ様です」  声をかければ、はにかみながら目を逸らして、お疲れ様と返してくれる。  嫌われたわけではなさそうだが、確実に自分が何かをやらかしたのだろう。  牧野に聞いてもなんでもないとしか言われなかったが、亮は申し訳なさでいっぱいだった。 「ねぇ、亮くん」 「あっ、はい!」  気付けば牧野は隣にいた。  ツンとしたタバコの匂いがして、思わず顔を顰めてしまった。 「あ、亮くんタバコ嫌い?」 「あ、いえ、少し……匂いが……」 「そっか。ごめんね。それならやめようかな、タバコ」 「え?」 「あのね、僕、多分亮くんのこと好きになっちゃった」  ホテルの部屋を同室にしたのはわざとだった。  亮くんは可愛いから、仲良くなれるかなって思った。  営業部の人たちとも、そうやって仲良くなれたから。  みんな、素直に可愛く鳴いてくれた。    それが、牧野の交流方法だ。  そうすれば、遊びたい時に来てくれるし、自分も相手も気持ちが良い。  一番簡単に仲良くなれる方法だと思っていた。  でも、亮くんにはその方法が取れなかった。  普段の亮の顔を思い出したら、なぜだか手が止まってしまったのだ。  それから、日常に戻っても、遊ぶ気になれなかった。  亮を思い出すと裏切っている気分になって、牧野は誰とも関係を持てなかった。  タバコを吸うと、気持ちが落ち着いたから、タバコを吸いながら考えた。  亮くんを裏切りたくない。  亮くんに好きでいてほしい。  亮くんを抱きしめたい。  亮くんは他の人に触らせたくない。  亮くんにキスをして、そして抱きたい。  あれ?  これって、  好きってこと?  そう牧野が気づいた時、雨音と一緒に亮の声が聞こえた。  ちょっと恥ずかしかった。  でも、どうしても言いたくなったんだ。 「亮くん、僕の恋人になってくれない?」  驚いた亮の顔が泣きながら笑った。

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