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互いの執着。

「はい、そこまで」 監督の声がグラウンドに響いた。 張り詰めていた空気が、一気にほどける。 「午前はここまでだ。午後はシートノックと連携確認をやる。バッテリーはブルペン。野手は別メニューだ」 選手たちが一斉に動き始める。 陽彩はバットを下ろしたまま、小さく息を吐く。 (……くそっ) 目の前では莉珠がグローブを外し、スタッフに呼ばれて歩き出していた。 メジャー組は投球数の管理があるらしい。 「朝倉」 投手コーチに呼ばれ、そのままブルペンへ消えて行く。 陽彩はその背中を見送ることしか出来なかった。 ◇ 午後のメニューを終え、グラウンドには少しずつ静けさが戻っていた。 「お疲れ!」 「あとは自由練習だな!」 選手たちはそれぞれクラブハウスへ戻ったり、ウエイトルームへ向かったりと散っていく。 陽彩も汗を拭きながら歩いていると、不意にブルペンの方からボールがネットへ突き刺さる鈍い音が聞こえた。 ――ドスッ。足が自然と止まる。 音のする方へ目を向けると、ひとりの男が黙々と投げ込んでいた。ブルペンに設置された投球ネットへ向かって一球、また一球。さっきまでの勝負などなかったかのように、淡々と腕を振り続けている。 「……まだ投げてたの」 思わず漏れた呟きに、莉珠の腕がぴたりと止まった。 「癖だ」 相変わらず短い返事だった。 「休むことも大事だよ」 莉珠は手の中のボールを見つめたまま、小さく息を吐く。 「休んだら鈍る」 「変わらないね」 陽彩は苦笑する。 「高校の頃も、みんなが帰ったあとひとりで投げてた」 莉珠はなにも言わない。 ただ静かにボールを握り直す。 「……人のこと言えんのか」 その一言に、陽彩は目を丸くした。 「気付いてたんだ」 陽彩が照れくさそうに笑うと、莉珠は無言のまま再びネットへボールを投げ込んだ。 「僕は莉珠くんのストレート打つために、必死だったからね。今もだけど」 小さく笑うと、莉珠はゆっくりと陽彩へと視線を向けた。 「それは俺も」 「え?」 莉珠は少しだけ目を細める。 「お前に打たれないために、投げ続けてる」 その言葉に息が止まった。胸の奥でなにかが大きく揺れる。追いかけていたのは自分だけだと思っていた。莉珠の背中だけを見つめて、必死にここまできたつもりだった。でも違った。莉珠もまた自分を見つめていて、自分に打たれないためだけに世界の舞台で腕を振り続けていた。 「……っ」 うまく言葉にならない。 胸が熱くなって、ただ笑うことしかできなかった。 「……それ、ずるいよ」 掠れた声でそう零すと、莉珠は小さく首を傾げる。 「なにが」 「そんなこと言われたら――」 陽彩は困ったように笑う。 「余計に、僕以外に打たせたくなくなるじゃん」 一瞬、空気が止まる。莉珠は何も言わない。 ただその瞳だけが静かに揺れた。 「そうか」 短く返すと、莉珠はもう一度ボールを握り直す。 その横顔はどこか少しだけ嬉しそうに見えた。

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